思考のリバウンド」と自転車の乗り方。なぜ私たちは「わかったはず」のことを忘れてしまうのか?
ブログをお読みいただきありがとうございます!
えっ!6月も折り返しですか…! 😯 は、は、はやい…💦
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子どもが自転車に乗れるようになる姿って、ちょっと感動しますよね。
最初は怖がっていたのに、少しずつバランスを取って、補助輪が取れた瞬間、嬉しそうに風を切って走っていく。
その姿は、「できた!」という実感に満ちています。
けれど、思考や心の整理は、そうはいかないことが多い。
「ああ、そうか」「気づけた」と思っても、しばらく経つとまた元の考え方に戻ってしまう。
まるで「リバウンド」みたいに。
自転車は身体に、思考はこころに
自転車の運転は、身体のバランス感覚と筋肉の記憶(身体記憶)として定着しますよね。
一度体得すれば、数十年ぶりでも乗れるように、人間の身体は驚くほど忠実に記憶してくれます。
でも、思考はちがう。
それは心の中で起こるバランスの調整であり、もっと繊細で揺れやすい。
たとえば…
- 気づいたと思ったのに、子どもの何気ない一言で感情が揺さぶられて元の考えに戻ってしまう
- 一人になった途端、誰にも見つめられていない感じがして不安が戻ってくる
- カウンセリング・対話の中では整理できたのに、現実の生活に戻るとそれがうまく適用できない
みなさんも、こういうことはありませんか?
なぜ、思考はリバウンドするのか?
ひとつは、「思考の定着は身体記憶のように無意識化されない」からです。
思考はつねに環境・感情・関係性に影響され続けている。
「いま、ここ」の状況に対して常に調整し直さなければならない。
もうひとつは、「思考はひとりで育てるには脆弱すぎる」からです。
人は他者との対話の中で、自分の考えを深め、確かめ、磨いていきます。
とくに、大切な気づきや癒しほど、誰かと一緒に対話して生まれた「共有の実感」であって、それを一人で持ち続けるのは簡単ではありません。
思考には「再点火」が必要
自転車は、一度乗れるようになればOK。
でも思考は、「一度できた」では終わりません。
定期的に、自分自身との対話を持ち直し、「火を灯しなおす」必要があります。
それは、
- ふとした時に、「本当にこの考えでいいの?」と自分に問い直すこと
- 誰かと対話する中で、揺れを言葉にして確かめること
- 過去の自分の声(気づき)を、もう一度読み返すこと
こうした「再確認」「再解釈」「再対話」のプロセスが、思考の筋肉を育てていくんだと思います。
考え直す。問い続ける。
私が支援を差し上げている方の中にも、「一度は理解できたけど、また不安になってしまって…」という声があります。
でも、それはぜんぜん悪いことではありません。
思考は戻るもの。
揺れるもの。
だからこそ、一緒に整え直す場があることが大切なんだと思います。
思考にも、メンテナンスが必要だからです。
ですので、私のカウンセリングに、ふらりと戻ってこられるかたもいます。
メンテナンスを受ける。チューニングをしてもらう。車検のように。定期健診のように。
終わりに
もしかしたら、子どもとの関係の中で「またあの頃の私に戻っちゃったな」と感じる日があるかもしれません。
でもそれは、失敗じゃありません。
一度体得した気づきは、どこかにちゃんと残ってるものです。
ただ、もう一度言葉にして、もう一度自分に届け直してあげる必要があるだけ。
その繰り返しの中で、私たちの心のバランス感覚は育っていくのかもしれません。
ずっと母性的な母であろうと頑張ってこられたお母さんが、ある日ドカンとお子さんにキレてしまったとき、
「私は変わったと思ったのに。変わってなかった…」なんて落ち込む方もいるんですが、
そういう方の「ここ最近」を落ち着いてお話しいただいてみると、「あ、私、自分と対話できてなかったわ。自分のこころの声をきけてなかったわ…」と気づかれることが多いです。
忙しいと、つい、日々をこなしていくことに目が向いてしまいやすいのですが、
時々立ち止まり、ご自身の気持ちを見つめる習慣を作ってみると、「絶好調なときのわたし」のこころのバランスを取り戻しやすいかもしれません。
それでは、今回はこれで終わりたいと思います。
さいごまでお読みいただきありがとうございました。また次回のブログもお読みいただけると嬉しいです!
まいどん先生(公認心理師)
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