「わからん」と言い続けた中2の女の子が、自ら復学した話

「わからん」と言い続けた中2の女の子が、自ら復学した話

ブログをお読みいただきありがとうございます。私は過去に、文科省にて家庭教育支援の検討委員を歴任してこられたカウンセラーの先生に10年師事し、2022年に独立した公認心理師の山下です。

今回は、これまでの不登校支援(家庭支援)の中でも、中学生の不登校でよく見られる、複数合わせた事例を書かせていただきたいと思います。

(個人情報の問題があるため、一部ダミーがふくまれます)

 

中学2年生のAちゃんは、家ではあまり話さない子でした。

まったく話さないわけではありませんが、母が「ごはんいる?」と聞けば「いる」と言うし、「お風呂入って」と言えば「あとで」と言うし、「学校のプリントないの?」と聞けば「知らん」と言います。会話はあるにはあるのですが、それは会話というより、生活上の最低限の信号みたいなものでした。

青、赤、黄色。いる、あとで、知らん。そんな感じでした。

 

お母さんはずっと、Aちゃんは「口数が少ない子」だと思っていました。
幼いころからそうだったようで、赤ちゃんのころも、「よく泣くというより、じっと見ている子だった」とお母さんはいいます。

妊娠39週1日、自然分娩。出生体重は3050g。

大きな病気はなく、首すわりは3か月、寝返りは5か月、お座りは7か月、ハイハイは9か月、つかまり立ちは10か月、ひとり歩きは1歳2か月。

初語は1歳4か月ごろ。

二語文は2歳3か月ごろ。

発達の節目だけを見れば、特に大きな遅れはありません。

「これ、ちがう」「あっち、いく」「ママ、やって」などで、「いま思えば自分の気持ちを説明する言葉は少なかったのかも」、とお母さんは話します。

好き嫌いははっきりしているんだけれど、でも理由は言わない。嫌な服は「これちがう!」着ない。気に入った靴は「これ!」と毎日履く。

保育園の帽子のゴムが首に当たると、固まることがわりとあり、お母さんが「痛いの?」と聞くと、首を振る。

「じゃあ嫌なの?」と聞くと、首を振る。

「どうしたの?」と聞くと、黙る。

結局、帽子を外すと動き出す。

母は「こだわりがあるのかな」と思っていましたが、これは強烈なこだわりというほどではありません。

幼稚園では、ひとり遊びが多い子だったようで、砂場で黙々と山を作る。ブロックを左右対称に並べたり、絵を描くときは、人物よりも家や道路や机の配置を描いたり。先生からは「よく見ていますね」「手先が器用ですね」と言われました。

 

一方で、お友達とのごっこ遊びはあまり続かなかったようです。お友達に「お母さん役やって」と言われると、何をすればいいのかわからなくて、「赤ちゃんが泣いてるよ」と言われても、赤ちゃん役の子は笑っているし、笑っているのに泣いている設定で。これがAちゃんには難しかったそうです。

子どものごっこ遊びは、設定が急に増えますよね。

さっきまで病院だったのに、突然お城になり、医者だった子が姫になり、患者だった子がドラゴンになります。(私も娘とごっこ遊びでお店の客をやっていたはずなのに、気づけばプリンセスになっていることがあります)

Aちゃんは、そういった「話の流れがへんだっておもって、おままごとやりたくなかったの」とお話することもあったそうです。

 

小学校に入ると、Aちゃんはよく勉強ができ、特に図形やパズルのようなものは得意でした。

算数の文章題はあまり好きじゃないけれど、図形の展開図や立体の問題は興味を示しがちで、じっと見て、くるっと頭の中で回して、答える。

答えは合っているのでどう考えたのか聞くと、「見たらわかる」と言うことが多かったようです。

「見たらわかる。」

でも、どう考えて解いて答えを出したかを言葉にするのは苦手で、Aちゃんの得意と苦手が表れていました。

 

小学校高学年になると、その差が少しずつ目立ちはじめました。

計算はできるし、図形も得意だし、理科の実験や地図、表を読み取るような課題も嫌いではない。

でも、国語の読解で「登場人物の気持ちを説明しましょう」と出ると、鉛筆が止まります。

気持ちは、どこに書いてあるのか。本文に「悲しい」と書いてあれば悲しいとわかる。

でも、「雨が降る窓の外を見つめた」と書かれても、それが寂しいのか、退屈なのか、腹が減っているのか、本人には確信が持てない。

読書感想文も苦手で、「おもしろかったです」から先に進まず、お母さんが「どこが?」と聞くと、「全部」と答えがちだったそうです。

全部と言う言葉は便利ですが、感想文には向きません。

お母さんは「もう少し詳しく」と言いますが、Aちゃんは黙ってしまいます。

お母さんはだんだんイライラして、「ちゃんと考えて」と言うのですが、Aちゃんは「考えてる!(キレ気味)」と言います。

でも言葉にならない。言葉にならないから、考えていないようにお母さんには見えて、作文などの宿題のときはよくもめていたそうです。

 

中学に入り、つまづく

中学に入ると、Aちゃんは学校生活を苦痛に感じ始めました。

制服、部活、教科担任制、提出物、小テスト、定期テスト、先輩後輩、LINEグループ、友達関係…。

小学校ではなんとなく済んでいたものが、中学校では急に全部、期限と評価を持って迫ってきます。

特に苦手だったのは、先生の長い説明を聞いて、必要なところだけを拾い、自分で段取りを組むことでした。

「来週までにワークを進めておいてください。範囲はここからここまで。丸つけをして、間違えたところは赤で直して、提出は金曜の朝です。忘れた人は昼休みに持ってきてください」丁寧に伝えてくれてはいるのですが、Aちゃんの頭の中では、情報がいっぺんに散らばり、大変です。

 

来週。ワーク。範囲。丸つけ。赤。金曜。朝。忘れたら昼休みに。

どれが一番大事なのか、どこから始めればいいのかが、わからない。わからないけれど、中学生になると「わかりません」と言いにくくなっていた。

プライドがあるし、周りもわかっている顔をしているし、自分だけ聞くのは嫌だ。

だから、聞かない。

仕方がないので、聞かないまま帰る。

家でワークを開いて、何をするかわからなくて閉じる。

翌日、提出できない。先生に言われる。さらに嫌になる。

…というループだったそうです。

 

中2の6月、Aちゃんは学校を休み始めました。

最初は週に1日。次に週に2日。夏休み前には、ほとんど行けなくなりました。

朝、お母さんが起こしても起きない。

なんとか起きてきても制服に着替えません。

お母さんが「今日どうするの」と聞くと、「無理」と言います。「何が無理なの」と聞くと、「全部」。

 

幼いころから使ってきた「無理」という大袋に、中学校生活がまるごと突っ込まれるようでした。

お母さんは、いじめがあるのか。友達関係なのか。勉強なのか。部活なのか。先生なのか。聞いてもAちゃんの答えは「別に」「知らん」「わからん」。お母さんは何もつかめず、苦しかったそうです。

最初の数か月、お母さんは「思春期だから」と思おうとしたそうです。

 

「学校だけがすべてではない。無理をさせてはいけない。本人のペースが大事。」そういう言葉も調べました。

でも、Aちゃんの場合、待ってみても動く気配がみられず、本人のペースを尊重する。

では、その本人のペースとは何か。学校がすべてではない。

では、学校以外で何につながるのか。無理をさせない。

では、無理と可能の境目をどう見つけるのか…など、お母さんは答えを探しましたが、家の中で聞こえてくるのは、ゲームの音と、「あとで」と「知らん」だけだったそうです。

 

Aちゃんが知能検査を受けたのは、中学2年の秋でした。

WISCの結果は、全検査IQ101。言語理解93、知覚推理118、ワーキングメモリ94、処理速度96。全体としては平均域です。

知的に大きな遅れがあるわけではないし、知覚推理は高く、図形や視覚的な情報から構造をつかむ力はかなり強い。

一方で、言語理解は平均の下のほう、ワーキングメモリと処理速度も平均域ではあるものの、知覚推理の高さと比べると低い。

Aちゃんは、見て考えることは得意だけれど、聞いて理解すること、言葉で説明すること、複数の言語情報を頭の中で保持して段取りに変えることには負荷がかかりやすいタイプでした。

検査中の様子では、Aちゃんは図形の課題では、表情が少し明るくなり、反応も速い。間違えても、すぐに別の見方を試します。

一方で、言葉で説明を求められる課題では、急に口数が減りました。

「似ているところを説明してください」と言われると、答えは浮かんでいるようなのに、言葉にならない。

「どうしてそう思ったの?」と聞かれると、黙る。検査者が待つと、「なんとなく」と言う。

学校でも家でも、Aちゃんはずっとこの「なんとなく」の中にいたのだと思います。

 

お母さんは検査結果を見て、最初こう言いました。

 

「でも、IQは普通なんですね」。

 

その声には、少し落胆が混ざっていました。何かはっきりした理由が出れば、親も学校も納得できるし配慮も頼みやすいのに。でも結果は平均域。できないわけではない。だからこそ、わかりにくい。だから、「じゃあ、どうしたら。結局は母親の育て方の問題であったのか」とお母さんを苦しませました。

 

私は、支援の中で以下のように整理しました。

Aちゃんは「能力がない子」ではない。けれど、「能力の出し方が偏っている子」である。

見ればわかる。図ならつかめる。構造は見抜ける。でも、会話の中で流れる言葉を拾い、整理し、自分の言葉で伝えるのはちょっと苦手。

学校は、見て考えるのみではなく、先生の説明、友達との会話、提出物の指示、テスト範囲、授業中の発問、すべてに言葉が絡んでくるので、おそらくそこで毎日、小さく失敗していたのではないか、と。

もちろん家庭内でのかかわりも大事だし、これから取り組んでいくんだけど、お母さんのせいだけじゃないよ。そう思うことに意味はないどころか害しかないから、色々重なっちゃったんやね。と捉えていきましょうと。

 

家庭内で行ったこと

家庭では「学校に行くか行かないか」を短期決戦で取り組むよりも、Aちゃんの語彙(言葉を育てる)ことから始めました。

お母さんが説明しすぎないようにしたり、質問を広げすぎない・責めない。

Aちゃんの「わからん」を終点にしないで、「わからんじゃ、わからんなぁ。例えば、こういうこと?」などと返して話の入口にしていただくようにお伝えしました。

 

お母さんはこれまで、「学校どうするの」「何が嫌なの」「行く気はあるの」と聞いていましたが、これらはとても大きな質問です。

だから質問を小さく分解していくように意識してもいただきました。

例えば、「今日、学校のことを考えたとき、一番重かったのは何。友達、勉強、先生、朝、教室、提出物、この中ならどれ」など。

 

Aちゃんは最初、「知らん」と言いました。

だけどお母さんは引きません。「知らんでもいい。今はこの中なら、どれが近いかだけ答えてみよう」。

しばらくして、Aちゃんは「提出物」と言いました。

お母さんは、それ以上広げませんでした。「提出物が重いんか」。そこで終わりです。

 

翌日、また5分だけ話してもらいます。

今度は「提出物の何が重い。量、期限、やり方、先生に言われること、出してないのがばれること」。Aちゃんは「出してないのがばれる」と言いました。

お母さんは「そっか。やってないことより、ばれる感のが嫌なんやね」。

Aちゃんは黙りました。言い当てられたような沈黙だったようです。

 

このような家庭内の言語訓練的なかかわりは、汚くても短くてもどんな表現でもいいから、本人の本音に近い言葉を探す作業でした。

彼女の「だるい」の中には、「手順がわからない」という意味が含まれていたし、「無理」の中には、「どこから手をつければいいかわからない」という言葉が含まれました。「知らん」の中には、「聞かれても答えられない自分を見られたくない」。「別に」の中には、「本当は気にしているけど、気にしていると言うと負けた気がする」。

 

中学生の言葉は、だいたい圧縮ファイルです。しかもパスワードがかかっている。

親が力ずくで開こうとすると壊れるし、開かないまま放置しても、中身は取り出せない。

だから、こんなふうに少しずつ解凍していく必要がありました。

 

「提出物=ばれるのが嫌」

「朝=制服を着ると現実になる」

「教室=途中から入るのが嫌」

「友達=何を話せばいいかわからない」

「先生=怒られるより、心配されるのが嫌」。

特に、この「心配されるのが嫌」については、Aちゃんは、叱られるのも嫌でしたが、優しくされるのも苦手でした。

「大丈夫?」と聞かれると、自分が大丈夫ではない人になった気がするといいます。これは思春期らしい感覚だなと私は思いました。

 

お父さんが意識したこと

お父さんの関わりも変わっていきました。お父さんは、Aちゃんの不登校を見て、内心かなり焦ってたそうです。

でも、どう話せばいいかわからなくて、結果として、「いつまでそうしてるんだ」「将来困るぞ」といった言葉が出る日がありました。

それでは会話も対話もできないので、「今週、学校に行くかどうか」ではなく、「今週、学校に関係することを一つ進めるなら何か」など、こちらもまた、じわじわ解凍しながらやりとりをすすめます。

担任に提出物の範囲を確認する。制服を洗う。ワークを3ページだけ見る。友達にLINEを返す。

Aちゃんはひとつずつやってみて、お父さんは長く話さない練習をしました。

父親の長い正論は、思春期の子どもにとって、だいたい校長先生の話と同じです。ありがたい話かもしれんけど、でも長い。とにかく長いからです。

 

一か月ほど経つと、Aちゃんの「わからん」という表現が変わりはじめました。

「何が嫌なの」と聞けば「わからん」ですが、「友達、勉強、先生、提出物なら?」と聞くと「提出物」。

「提出物の何?」と聞くと「どこまでやるかわからん」。

「わからん」の解像度が上がっていきました。

わからないことが、全部の霧ではなく、ひとつの場所になってきた。

霧の中で「全部無理」と言っていた子が、「ここが見えない」と言えるようになっていきます。

 

復学の一歩目は別室登校

Aちゃんの復学の入口は、別室登校でした。

これまで親御さんが「別室に行こう」と言っても、Aちゃんは動かなかったので、家庭内で復学の話題をふつうにあげてもらうことにしました。

「学校に戻るとしたら、一番嫌な瞬間はどこ」と聞くと、Aちゃんは「教室に入るとき」と言いました。

「朝から? 途中から?」「途中から」「なんで?」「見られる」「何を見られる感じ?」と聞くと、「休んでたやつが来た、みたいな」と答えます。

「じゃあ最初は教室じゃなくて別室に行くって方法はどう思う?」と聞くと、Aちゃんは黙って、少しして「別室なら」と言いました。

 

翌日、午前10時半。

お母さんと一緒に学校の近くまで行き、そこから一人で校門を入りました。

Aちゃんはかなり不機嫌でした。不機嫌というより、緊張を不機嫌の服で隠している感じに近いのかもしれません。

中学生はよくこれをします。不安です、とは言いません。「だる」「うざ」「別に」で身を・心を守ろうとします。

お母さんはこの日、「行けそう?」「大丈夫?」「無理しないでね?」と言いたくなりましたが、言いませんでした。

「今日は、別室で先生と提出物を一つ確認する。それだけ」とだけ、伝えます。

Aちゃんは「わかってる」と言いました。

わかってる。これも中学生の定番です。だいたい、わかっているときも、わかっていないときも言います。

 

その日、Aちゃんは40分で帰ってきました。

別室で担任と会い、未提出のワークを一冊だけ確認しました。

 

帰宅後、母が「どうだった」と聞くと、Aちゃんは「疲れた」と言いました。お母さんはそれ以上聞きませんでした。

夜に5分だけ、「今日、何が一番しんどかった?」と聞くと、Aちゃんは「先生が優しかった」と言い、お母さんは少し驚きます。優しかったのがしんどいということに。

 

普通なら、優しいほうがいいと思います。でもAちゃんには、優しさが、自分が弱い子と思われるようで嫌だというのです。

お母さんは「優しいと、逆に申し訳ない感じになる?」と聞きました。Aちゃんは「そう」と言いました。

 

五月雨登校へ

そこから五月雨登校が始まりました。週1回、別室に40分。

次に週2回、2時間ほど。次に、午前中だけ。

最初は勉強を進めるよりも、学校に関係する表現のしかたを増やすことを大事にしました。

「何が嫌だったか」ではなく、「何が一番大変だったか」。

「どうしたいか」ではなく、「次に一つ減らすなら何か」。

「行けるか行けないか」ではなく、「行くならどこから始めるか」。

頑張る前提で親子で一緒に考えていくのですが、これまでの家庭内での訓練もあり、Aちゃんは少し答えやすくなっていました。

 

二か月目、Aちゃんは別室から一時間だけ教室に入りました。

入ったのは美術。

ビルに入るとき、わざわざ非常階段から登らなくてもいい。正面玄関が開いているなら、そこから入ればいい。

入りやすい授業から行ってみることにしました。

 

三か月目、Aちゃんは自分からお母さんにこう言います「英語、何やってるかわからん」。

お母さんは「単語? 文法? 宿題? 授業の説明?」と聞くと、Aちゃんは「文法」と言います。こういうやりとりが、少しずつ増えていきます。

Aちゃんはお母さんとのやりとりの中で、自分の気持ちを言葉にしながら、自分のことを理解しはじめました。

 

このころ、Aちゃんの表情も少し変わっていきます。

よく笑うようになった、というほどではありませんが、なんだかご機嫌。中2女子が急にニコニコしたら、それはそれで何かあったのかと心配になるのでこれでいいです。

リビングにいる時間が増えました。

お母さんが台所にいると、「今日、男子がしょうもないことで怒られてた」と話す日が出てきました。

内容はたいしたことではありません。でも、たいしたことではない話が出るというのは、大事なことです。

周りをみて、「先生大変そうやな」なんて思う余裕が出てきた証拠でもあるからです。

 

四か月目、Aちゃんは週4日登校になりました。朝から行ける日も増えました。

ただし、完全復帰ではありません。

月曜は別室スタート。部活はまだ再開しない。

以前のお母さんなら、「ここまで来たなら全部戻ってほしい」と思ったかもしれませんが、支援を通してお母さんは、「復学は一気に元通りにすることではないと理解したので、焦りません」と言います。

 

自分のことを言葉にしだした

ある夜、Aちゃんが言いました。

 

「私、頭悪いわけじゃないんかな」。

 

母は一瞬、包丁を持つ手を止めます。お母さんは「うん。頭が悪いんじゃないと思う。見て考えるのは得意。でも、言葉がいっぱい流れると、ちょっと大変なんよね。検査の先生もそう話してたしね」。

Aちゃんは、「だから説明聞いてると眠くなるんかな」と言いました。

「そうかもね。聞いてわかるより、見てわかるほうが得意なんだと思う」。

Aちゃんは少し黙って、「じゃあ、先生の説明が全部わからんの、私が終わってるからじゃないんや」と言います。

お母さんは、その言葉を聞いて、泣きそうになりました。

 

終わってる。

そんなふうに思っていたのか。

学校に行けないことより、提出物が出せないことより。

お母さんにはその言葉のほうがこたえたといいます。

 

そのようなAちゃんの言葉が、親子会話のなかで増えていきます。

「長い説明は頭の中で途中で消えるねんな~」「図があるとわかるんやけど」「提出物は全部見ると無理ってなる」「一冊ずつならできる」「優しくされすぎるとしんどい」「途中から教室に入るのは嫌」「朝から入るほうがまだまし」「友達には、休んでた理由を詳しく聞かれたくない」「でも普通に話しかけてほしい」。

担任には、「本人は配慮されすぎると逆に教室に入りにくくなるため、声かけは短く、通常の流れに近い形でお願いします。」と共有しました。

 

ひとりでの継続登校

半年後、Aちゃんは一人で継続登校できるようになりました。

もちろん、完全に悩みが消えたわけではありません。

テスト前は不安定になり、提出物が重なると口数が減ります。友達の何気ない一言を、家で何時間も反芻する日もあります。

 

でも、以前のように「全部無理」とは言わなくなりました。

ある日、母が「最近どう」と聞くと、Aちゃんは「提出物はだるい。でも出せば終わる」と言いました。

出せば終わる。以前は、提出物は「できていないのがばれるもの」だったのに、今は「出せば終わるもの」になっている。

 

気づけばAちゃんは、毎日学校に行き、愚痴りながらも、友達とかかわり、勉強もし、完全に復学していました。

お母さんはこう言います。

「この子は話さない子なんだと思っていました。でも、話さないんじゃなくて、私がちゃんと聞かなかったから話せなかった。私があの子の言いたいことを先回りして、勝手に代弁してしまっていたんですね」。

Aちゃんは、観察力が高く、見えていることは多かったけど、それを言葉にして、人に伝えるのがとても苦手なだけ。

だから、「聞いていない」「やる気がない」「説明できない」「何を考えているかわからない」と見られやすかった。そして本人は、「自分はだめだ」と思っていた。

 

復学の少し後、Aちゃんは母にこう言いました。「学校、楽しくはないで」。母は思わず笑いました。「そりゃそうか」。

Aちゃんは続けました。

 

「でも、行ける」。

 

これ以上ない言葉でした。

学校は楽しい場所でなければ行けないわけではありません。楽しくない日もある。

面倒な日もある。わからない授業もある。合わない先生もいる。友達関係も疲れる。

提出物はだるい。テストは嫌。朝は眠い。

中学生の生活なんて、だいたいそんなものです。でも、行ける。

 

この事例で起きたことは、魔法のような変化ではありません。

お母さんが急に名カウンセラーになったわけでも、Aちゃんが突然素直になったわけでもありませんが、家庭の中で対話ができるようになりました。

「わからん」が「提出物がばれるのが嫌」になった。「だるい」が「どこから手をつけるかわからない」になった。「全部無理」が「途中から教室に入るのが嫌」になった。「頭悪い」が「聞くより見るほうが得意」になった。その変化が、登校の変化につながりました。

 

Aちゃんはなぜ復学できたのか

不登校支援では、どうしても「学校に行くか行かないか」が中心になりがちです。

でも、本当はその前に、「子どもが自分の困りごとをどのくらい言葉にできているか」を見る必要があるとわたしは考えます。

言葉になっていない困りごとは、すべて「無理」。すべて「だるい」。すべて「知らん」になります。

それでは、助けが必要な時でも誰かに頼ることもできず、自分で抱え込んでぺしゃんこになってしまう。

 

けれど、言葉が増えると、表現が増えると、周りの助けを受けやすくなるし、本人も自分で考えられるようになっていきます。

提出物なら、優先順位をつけられる。途中入室が嫌なら、朝から別室に入る方法を考えられる。

優しくされすぎるのがしんどいなら、声かけを短くしてもらうこともできる。

 

Aちゃんは、復学しました。でも、それは「不登校が治った」みたいな話というより、自分の扱い方を知ることで、ちょっと勇気を出して周りを頼れるようになったということでした。

 

お母さんはもう、「学校どうするの」「テスト前だけど、勉強は」などと毎朝問い詰める必要がなくなりました。

「学校どう?」と聞き、「英語」と答える日もあれば、「眠い」と答える日もあります。眠い。中学生としては非常にまっとうです。

お母さんは「そっか」と言います。そして朝ごはんを出します。

以前なら、そこから学校の話が大戦争になっていたかもしれません。

でも今は、眠いなら眠いまま、英語が重いなら重いまま、それでも制服を着る。靴を履く。家を出る。

 

玄関で、Aちゃんは振り返らずに言いました。

 

「行ってくる」。

 

お母さんは「行ってらっしゃい」と返します。

 

「行ってくる。」「行ってらっしゃい。」

特別なものではない、朝の普通の言葉です。でも、その普通に戻るまでに、どれだけの言葉を拾い集めてきたか。

「知らん」の下にあった不安。「だるい」の下にあった混乱。「無理」の下にあった恥ずかしさ。「頭悪い」の下にあった誤解。

その一つひとつに名前をつけて、ようやくたどり着いた「行ってくる」でした。

 

お母さんは台所に戻り、少し冷めた味噌汁を温め直します。湯気が上がるのを見ながら、

学校に着いたかな。大丈夫かな。今日は英語があるな。提出物は出せるかなと考え、心配は消えません。親ですから。

でも、お母さんはもう、心配に動かされすぎなくなっていました。Aちゃんは、困ったときに「わからん」と言うだけでなく、「どこがわからんか」を説明できるようになったから。

 

復学とは、学校に戻ることだけではありません。自分の中でぐちゃぐちゃになっていたものを、少しずつ言葉にして、整理して、相手に伝えるようになることでもあります。Aちゃんは、頭のなかでうかんだものを言葉にするまでに時間がかかる子でした。

そんなAちゃんの言葉を待つように対話をかさねたさきに、Aちゃんは自分の足で学校に戻っていきました。

 

「楽しくはない。でも、行ける。」

現実的な言葉の中に、半年分の回復が入っていました。

 

それでは、今回はこれで終わりたいと思います。

さいごまでお読みいただきありがとうございました。また次回のブログもお読みいただけると嬉しいです!

まいどん先生(公認心理師)

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