娘を育てながら、私は自分の子ども時代に出会った

 

娘を育てながら、私は自分の子ども時代に出会った

娘はいま、2歳8ヶ月です。

ずっと夢描いていた妊婦生活というものは、妊娠糖尿病(途中歯が欠けたりしながら)で頭の中は血糖値でいっぱいになり、あまり妊婦生活を楽しめなかったけれど、わたしにとっては、しあわせな時間だった。

結婚12年目でやってきてくれた娘。わたしたち夫婦にとって、娘は本当に奇跡と思える存在で、きっと忘れてしまうであろう日々を忘れたくないと思い、頑張って妊婦生活を満喫しよう。

堪能しよう。そう思って日々を過ごしていた。

 

わたしにとって、人生はあまり思うようにいかないことばかりだった。

ミセスの僕のことをひたすらリピート再生しながら、

どうして同じ人間なのにこうも苦しいのだろう。

他の人はどうしてあんなに楽そうに生きているのかと不思議でたまらず。

治療を頑張るも流産することもあるし、何度も何度も期待しては折られていくうちに、期待しないことの楽さと、こころを押し殺し感情・気持ちを『感じない』ことになれてしまい。

わたしは、義務的に繰り返す不妊治療を続けながら、期待しないことに慣れてしまい、1日の最後にいろんな思いを酒で流し込むというルーティンを繰り返していた。

こんなことを書き散らかすなんてどうかなぁ、とは思うんだけれど、これがわたしだから仕方がない。

こころを押し殺し、気持ちを感じない…。
なんだかこの景色、既視感がある。

思い返せばわたしは、小さい頃から、気持にふれてもらえるようなかかわりを受けてこなかった。
家族と感情を共有することもほとんどなかった。

「いま、どんなきもち?」
「なにがしたいの?」
そう聞かれても、わからない。だって、そんなこと、考えたことがなかったから。

なにかに期待することもなく、絵を描き、孤独という言葉との出会いや、言葉の意味を知らないふりをしたり、自分には関係のない言葉だと思いこもうとしていた、あの頃。わたしのこども時代。

あのときと、そっくりだった。

大丈夫。
孤独には慣れているし、傷つくことにもなれている。
自分の思い通りにいかないことも、
何かを結果が出ないまま続けることも。
自分の人生、ずっとそうだったから。

ああ、ここにきてもわたしは、少数派なんだな。
もうこれがわたしなんだよな。
大勢に合わせようとしても、自分のカタチを大きく変えるような、ねじ曲げてしまうような、そして所属の安心と引き替えに演じて相手に合わせて乖離がおきてしまって苦しい。
そんな自分だから。

どうせ、わたしのこの苦しみをひとは、

考えすぎだよ
考えすぎてきもい
大げさなんだよ
そんなのみんな気にしなくない?
もっと楽に生きたら?
やりたいことやれば?

とでもいうのだろう。
そんなの、こども時代に幸せに生きた人たちの意見じゃねーか。

でも、私はそういう人生のひとなんだろう。だから、気にしてないようなふりをして、ただニコニコして、人当たりのいいように振る舞う。
悩みがなさそうでいいねと言われながら、「えーそんなとないですよー。小さいころから髪がうすくって。ほら」とかいいながら頭のわけめを見せて相手を笑わせる。ピエロだ。

根性で何かを続けることはできる私だけれど、そこには楽しさなんてものはあまりなくて。
そういう振る舞いをしていれば、なんとか生き延びられると感覚的にわかり、演じ、振る舞うという、その日暮らし的な感じの自分。
その日、その日で求められる反応を自分にできる限り全力で振る舞うもんだから、長期的にみて身が持つはずがない。
一日のおわりに酒を流し込んでリセットするしかない。

そんな自分にとって、妊娠と出産というのは、自分が望み、努力し、結果が実る数少ない経験だった。

時間の経過とともに胎内で命が大きくなるということ。自分以外の大きな力が働いて、出産へと向かってゆく。
なんとありがたいことなんだろうと心から感謝した。
日々が尊かった。この子に対して、わたしは、やっと素の自分でいられるという感覚があったんだと思う。

実際には、妊婦のときはそうであったんだけれど、産んでからはそうもいかない。

こそばゆい感覚に包まれながら、慣れない「あ、お母さん。これどうします?」なんて看護師さんに言われてドキドキしちゃう自分。
慣れないオムツがえやミルク。げっぷ。寝かしつけ。

一連の動作を繰り返しながら、娘を起点にして各関係するひととつながり、やりとりをし。

主人との関係性もかわった。12年の月日のなかで、わたしは、主人とふたりで歩き続ける覚悟もどこかでしていたために、主人とはずっとよい関係性でいられるようにと思って、あまり衝突してこなかった。交際期間も含めると、もっと長い。親よりも長い期間、私は主人とともにいる。
互いに仕事に打ち込み、時々旅に出てわらったり、筋トレしてみたり。
平和な日々であったけど、子育てとなるとそうもいかない。

長年ずっと一緒に歩いてきた主人であっても、子育てをするとなると変わった。

会話をせざるを得なくなった。衝突せざるを得なくなった。本音を言わざるを得なくなった。

気持ちを押し殺してやりとりする名人だったのに。

産後のホルモンの乱高下で、ネガティブな感情を打ち返すほどのポジティブなんてものは私にはほぼ皆無だけれど、我慢やコントロールにはまだ自信があったのに、制御ができなくなり。
娘を守らなければという本能なのか、遭遇確率が低い事故や地震なども急に怖くなり。

効率よく回していかないと仕事ができない。
私はほぼ育産休をとらずに支援の仕事を継続していたから、主人がルーティンをこなしてくれないと仕事にも影響が出てしまう。
頼むから、そんな時間がかかる自家製ラーメンなんて作らないでくれ!
茶色い肉野菜炒めをご飯でかっこめばええやろがい!と言いたいのに、言えずにただ不機嫌をまき散らすわたしと、よかれと思って一生懸命買い物をし、慣れない手つきで料理をする主人。

わあ、ありがとー!
と言うのが今までの自分だった。

「ごめんだけどそれに時間かけられちゃったら後のこれにしわ寄せが…」と伝えるより、そのしわ寄せは私がもらっちゃったほうが楽だった。
あるいは、もっといい伝え方もあるんだろう。

だけど、私はその方法をしらない。
両親は、相手に嫌みったらしく文句を言うか、急に怒り出して物に当たるか、子供に八つ当たりして「いいから宿題しろ!」と言うコミュニケーションスタイルしか見ていなかったから。

「自分は勝手に育った」という感覚が強い私。
ご飯を与え、寝床を与え、服を着させてもらうなどの基本的な物理的なお世話はしてもらったけれど、私は両親からしつけや教育をあまり受けていない。

こうすると相手を傷つけるんだとか、こういう場面では自分の欲より規範に従うべきなんだとか、傷ついた自分のケアとか、親と遊んで楽しいだとか、そんなものは経験してきていない。都合がわるくなればキレたり、相手のせいにしたり、
不機嫌で相手を操作し、不機嫌になられた側はよくわからない中なにが不機嫌センサーに引っかかったのか頭をフル回転させて想像力を総動員させて振る舞わなければならないようなコミュニケーションスタイルの中で育ったわたしなので、建設的に話し合うだとかアサーションなんていうことは自分にはお手本がない。なさすぎる。

世のコミュニケーション本だなんだというのは昔からよく読んでたけれど、試しもしたけれど、続かなかったし。

なんせ、著者のベースと自分のベースが違いすぎる。
コミュニケーションの基礎的な課程は修了している人の技術の話が大半だから、足し算ができない私に因数分解をやれというくらい難しいことだったり、基礎がないから技術が頭では理解しても全然つながらない。脳の回路がないから、新しい情報を得ても、まったくつながらなくて。

だけど、両親のようなコミュニケーションで主人とぶつかりたくないし、なによりもあの何とも言えない重苦しい雰囲気・空気に娘を1秒たりともさらしたくない。
実家の空気に色をつけるならば、すべての明るい色に灰色がどうしても混ざるような、黒に近い色だ。
自分の家だけ土星か木星なんかと思うくらい、重力が強いような重たさがある。

あのような空間のなかで育てたくないと思ったわたしは、親になってからが人生のはじまりだったのかもしれない。

娘には情緒的なかかわりをたくさんして、勉強はそこそこでいいので人として大事にしてほしいことや、気持ちを大切に・人を大切にできるように向き合いたいと思うのだったら、主人ともそういった価値観を共有しなければならないし、娘の成長にどう感じたかや、不安なども話していかなければならない。
もちろん価値観の違いはあり、話を聞いてもらえないでモヤモヤする日もあるけれど、たった約3年で、こうも情報共有の質が変わるものかと驚きがあった。

そして、娘に自我がでてきて、意思疎通がなんとなくできるようになってきたこのタイミングで気づいたことがある。

娘は自分が操作できる対象であり、
自分は娘より「知っている人」であり、
娘はわたしのことを一番に追いかける存在であるということ。

こういった条件があるなかで、人はどうなるのか。

乳児の時期はこちらがいかに赤ちゃんがどう動くのかや時間や行動をコントロールするかを考えるのがミッションだった。娘の快・不快はその場にはあったけれど、先読み・先回りである程度コントロール可能だった。

でも、幼児期になってくると、そうもいかない。
娘の自我があることで、調子が狂う。絶対こけるやろと思うところでこけると、「もー!ほらー!だから言ったのに」と言いたくなってしまう。

娘にとってははじめての連続であったり、数少ない貴重な経験なのに、効率重視でこっちにしといたらと言いたくなってしまう。

こんな風に、意思が通じるようになってくると、娘の体験や情緒などよりも、自分の思う流れのようにものごとが運ぶことを優先し、期待するからイライラし、優しく言いたくても言い方がキツくなり。

自分の感情よりも効率重視になってしまっていること。
自分の効率を脅かす娘が時々じゃまをする煩わしい存在になってしまっているときがあること。
早く自分でできるようになってくれと面倒くささを感じてしまうときがあること。
そういう自分を自覚した。

そして、そう自覚するとともに、だいじにだいじにと過ごしていた妊婦生活と比較すると、時間の扱い方や感じ方にかなりの違いがあることに気づき。

1日を効率よくすすめることを重視すると、娘だけではなく自分の感情にも注目できなくなっているということに気づき。

またしてもお得意の、気持ちを感じないままテクニックで日々を回そうとしているのではないか。
保育園の先生にいい顔しようとしたり、道ですれ違う人にいい母なんですよとアピールするようなことばかりやっては、だめじゃないか。

娘は目の前にいる。
なのにわたしは、娘の後ろにいる人たちをみてしまっている。
向き合えていないじゃないか。
これから対話を重ねていく娘と。

そんなことにハッとしたり、流されてしまうこともあったりを繰り返すわたしの子育て。

子育てを通じて、実は親が一番成長するというのは本当だった。

支援で伝えることと、実際の取り組みとではやはり理解の重みが違う。

お母さんたちの苦労も、12年前よりもいまのほうがわかる。

学校に行けなかったり、生きづらい子供たちの気持ちも、お母さんたちの気持ちも。
わたしはまだまだ変化の途中だけれど、こういった自分の感覚を大事にしながら、支援を続けていきたいと思う。

子どもを育てるということは、子どもを育てているようでいて、実は自分の中にあるものと何度も出会い直すことなのかもしれない。
娘と向き合う時間のなかで、私は何度も、自分の子ども時代や、これまで感じないようにしてきた感情と出会い直している。
きっと、不登校や生きづらさを抱える子どもたちと、そのお母さんたちのあいだでも、似たようなことが起きているのだと思う。
だから私は、子どもを変えようと急ぐのではなく、親子のあいだにあるものを丁寧に見つめていく支援を続けていきたいと思う。

子育てを通して、私は、自分の中にあるものと何度も出会い直している。
そしてきっと、不登校や生きづらさを抱える子どもと、そのお母さんのあいだでも、同じようなことが起きているのだと思う。
子どもを変えることよりも、親子のあいだにあるものを見つめ直していくこと。
そのなかで、少しずつ関係が変わり、子どもが自分の力を取り戻していく。
私は、そんな支援をこれからも続けていきたいと思う。

 

 

それでは、今回はこれで終わりたいと思います。

さいごまでお読みいただきありがとうございました。また次回のブログもお読みいただけると嬉しいです!

まいどん先生(公認心理師)

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