
夫婦仲が悪いと、子どもはなぜ「やりきる力」を失っていくのか
ブログをお読みいただきありがとうございます。公認心理師・MIKURUMIRU代表の山下です。
今回は、論文の知見をベースにした、「夫婦間葛藤が子どもの学業達成に影響しうること」をテーマに記事を書いてみたいと思います。
夫婦間葛藤が子どもの学業達成に影響しうること、子どもの自己責任感や脅威評価、情緒的安全感、実行機能、学習への関与が媒介経路になる。たとえば、Ghazarian & Buehler は小学6年生2,297名を対象に、夫婦間葛藤が低い学業達成のリスク要因となり、子どもの自責感がその経路の一部を説明するとしています。また、日本でも夫婦間関係における情緒的安全感を測定する研究で、親の葛藤と子どもの不安・抑うつ、攻撃性との関係を情緒的不安定さが媒介するモデルが支持されています。
勉強しない子の中で、本当は何が起きているのか
子どもが勉強しない。
宿題を最後までやらない。
やると言ったのに、やらない 👿
机には向かう。ノートも開く。シャーペンもある。消しゴムもある。
あとはもう、そこに文字を書くだけである。
こちらとしては、ここまで来たら書いてくれと思う。
米を研いで、水を入れて、炊飯器のふたまで閉めたのに、最後の「炊飯」だけ押さない人を見ているような気持ちになる。
「いや、押してくれ。そこまでやったなら押してくれ。」
親はそう思う。けれど、子どもは動かない。動けない。ペンを持ったまま固まっている。あるいは、少しやっては投げる。途中までやったのに、「もう無理」と言う。
親からすれば、「なぜそこでやめるのか」と思うわけで。あと三問である。あと三問なら、気合いでいけやろ、と思ってしまう。
子どもがやりきれないとき、大人はどうしても、その子の根性や集中力や自己肯定感の問題として見たくなるものです。
「この子はすぐ諦める」「粘りがない」「努力する習慣がない」「甘えているのではないか」…。
もちろん、そう見える場面はあると思います。ですが、臨床的に見る場合、子どものやりきれなさは、子どもだけの問題とも考えきれないです。
とくに家庭の中に夫婦の緊張がある場合、子どもの学習意欲や持続力は、かなり深いところで影響を受けるという意見があります。
夫婦間葛藤が意外と子どもに影響を与えるわけ
これは、「夫婦げんかを見たから子どもが傷ついた」というような話ではありません。
家族で生活をしている以上、どうしたって衝突は避けられないし、時に子どもの前で喧嘩してしまうことはどのご家庭にでもあることだと思います。
ですが、今回書かせていただくのは、もっと静かで、もっと日常的で、もっと見えにくい、家の中に漂う空気を指します。
父と母の間にある冷たさ。会話のなさ。片方だけが我慢している感じ。片方だけが逃げている感じ。
…表面上は普通に暮らしているのに、どこかでずっと電気がチリチリ鳴っているような緊張。
子どもは、それをかなり正確に感じ取っているということがあります。大人が思っている以上に感じとる。親が「子どもの前では普通にしている」と思っていても、子どもは普通ではないものを吸っている。しかも、よく吸う。新品の掃除機より吸う。音も立てずに吸う…ということが、あるようなのです 😥
夫婦間葛藤が子どもの発達に影響する経路については、認知的評価、情緒的安全感、家族システム内の波及、三角関係化などが指摘されています。
レビュー研究でも、夫婦間葛藤は子どもの実行機能や学業達成、内在化・外在化問題、対人適応に影響しうると整理されています。
これは子どもは単に「親の不仲を見ている」のではないということで、どういうことかというと、子どもは家庭の中で、「世界とはどういう場所か」を学んでいるというのです。
自分のお父さんとお母さんは話し合えるのかな。怒りはコントロールできるものなのかな。人は不機嫌になると黙るものなのか。大事なことは言葉にされないまま消えていくのか。誰かの機嫌で家の温度が変わるのか。…など、たとえばそういう日々の積み重ねの中で、子どもは世界の読み方を身につけていきます。(怖い)
人は出来事に意味を与えながら生きている
これは「解釈学」というものの視点なのですが、
人は出来事をそのまま受け取っているのではない。出来事に意味を与えながら生きている。
という考え方があります。
同じ沈黙でも、相手との関係が安心できる関係なら「疲れているのかな」と受け取れるのですが、緊張した関係なら「怒っているのかな」「嫌われたのかな」「また何か起きるのかな」と受け取ってしまうということです。
出来事そのものより、その出来事がどんな世界の中で起きているかが、人の経験を決めます。
子どもにとって家庭は、最初の世界です。
そこで「関係は安定しない」「安心は続かない」「頑張っても空気は変わらない」と学んでしまうと、勉強に向かう力も揺らぐというお話です。
なぜなら、やりきる力とは、根性だけの問題ではないからです。
やりきるとは、時間を信じることです。
今日やったことが、明日に少しつながる。いま苦しくても、その先に何かがある。途中で間違えても、また戻れる。
そういう時間の連続性を信じられるから、人は何かを続けられるともいいます。
ところが家庭の中で、昨日と今日の意味が簡単にひっくり返ると、子どもは「続ける」ことを信じにくくなります。
昨日はよかったことが今日は怒られる。母は笑っていたのに、父が帰ってきた瞬間に空気が変わる。
父の沈黙で家が重くなる。母のため息で夜が長くなる。
…そういう世界では、未来に対して明るくいられることが難しくなりやすいです。
勉強は末来を明るく捉えられる力でもある
勉強は、未来を明るく考える力でもあります。
いまの一問が、明日の自分につながる。今日の漢字練習が、次のテストにつながる。今日の失敗が、次の理解につながる。
…そう思えるから、子どもは頑張れるともいえます。
けれどもし、家庭の中で「つながる感じ」が失われていたら、子にとって、勉強はただの苦行になりやすいと言います。
いまが苦しい。しかも、それが何につながるのかわからない。
頑張っても家の空気は変わらない。うまくやっても親の機嫌は別のところで決まる。
そうなると、子どもは勉強しないのではなく、勉強に意味を見いだせなくなる…と。
家族療法からみる「子どもが勉強しない」とは
家族療法では、子どもの問題は子ども一人の中だけにあるのではない。家族全体の関係の中で現れているものとして見る。という考えがあります。
たとえば、子どもが「勉強しない」という形で止まっているとき、その子は本当に何もしていないのだろうかというと、実は、別の仕事をしていることがあります。
お母さんの不安を読む仕事。
お父さんの怒りを刺激しない仕事。
夫婦の間に流れる気まずさを感じ取る仕事。
家の中が壊れないように、自分の存在で空気を調整する仕事。
もちろん本人はそんなことを考えていません。朝起きて、「今日は夫婦関係の緩衝材として勤務します」とタイムカードを押す子どもはいません。けれど、実際にはかなりの労働をしているというのは、このような家庭支援の現場で多く見てきました。
そして、勉強するには、心に空き容量がいります。
問題文を読む。意味を取る。考える。間違える。直す。また考える。…これは、けっこう高度な作業です。
スマホでいえば、いくつものアプリを同時に開くようなものです。
ところが、家庭の中で夫婦の緊張をずっと処理している子は、すでにバックグラウンドで重たいアプリが動いているということになります。
父の足音を聞く。母の声の調子を読む。二人の会話が始まるか止まるかを感じる。夕食の空気を予測する。これだけで容量を使う。そのうえで「さあ、算数の文章題を最後までやりましょう」と言われても、難しいのです。文章題の中の太郎くんが時速何キロで歩こうが、こちらは家庭内の気圧配置で手一杯だからです。
実行機能という言葉があります
「実行機能」とは、注意を向ける、衝動を抑える、作業を切り替える、情報を一時的に保持しながら考えるといった力です。
学習にはこの力が深く関わると言われているのですが、親子関係の否定的な相互作用や、親の干渉の仕方によっては、子どもの実行機能を通して学業能力に影響するという縦断研究もあります。つまり、家庭の緊張は、ただ子どもの気分を悪くするだけではなく、集中する力、切り替える力、最後まで保持する力にまで影響するということです。
「やればできるのに、やらない」と親が不満に思うお子さん中では、実際には「やるための心の安定・安心」がない・弱っているということがあります。
夫婦仲が悪い家庭では、子どもが矛盾したメッセージの中に置かれることも多いです。たとえば、
「自分で考えなさい」と言われる
↓
でも、自分で考えた結果を出すと「なんでそんなことするの」と言われる。
・
「頑張りなさい」と言われる。
↓
でも、頑張ってうまくいかないとがっかりされる。
・
「気にしなくていい」と言われる。
↓
でも親の顔は明らかに気にしてほしそう。
…など…。
子どもはこういう矛盾にとても弱いといいます。(弱いというより、正確にいえば「混乱する」。)
何をしたら正解なのかわからなくなる。→何をしても違うと言われるなら、最初から動かないほうがましになる。→最後までやって失敗するくらいなら、途中でやめたほうが傷が浅い。=やりきれないのではなく、やりきらないことで自分の心を守っている となることも結構多いです。
また、夫婦間葛藤を子どもがどのように受け取るか、つまり「自分のせいだ」と感じるのか、「家族が壊れるかもしれない」と脅威に感じるのかは、子どもの適応に大きく関わるともいわれます。Ghazarian & Buehler の研究でも、夫婦間葛藤と学業達成の関係に子どもの自責感が媒介要因として関わることが示されています。
『子どもは、親の不仲をただ眺めているだけではない。「自分が悪いのではないか」「自分がちゃんとしていればよかったのではないか」「自分が問題を起こさなければ家は平和だったのではないか」と、自分に引き寄せてしまうことがある。そうなると、勉強はさらに遠くなる。子どもの頭の中では、分数の計算より先に、「自分のせいかもしれない」という重たい式が回っている。』
自尊心にも影響する
哲学的に見れば、これは「意味」と「存在の位置」の問題であると言われます。
子どもは、ただ宿題をするだけの存在ではなく、「自分はここにいてよいのか。自分は愛されているのか。失敗しても関係は壊れないのか。」といった問いを、無意識に考えることがあります。
夫婦関係が安定している家庭では、子どもは比較的「子どもでいる」ことができます。
親の問題は親が引き受け、夫婦の問題は夫婦が扱う。
子どもは子どもとして、遊び、学び、失敗し、反抗し、親への・世界への信頼感を得ていきます。
ところが夫婦関係が崩れると、子どもの位置が曖昧になります。
母の相談相手になる。父への不満を聞く役になる。家を明るくする係になる。怒らせない係になる。心配をかけない係になる。
…と係が多すぎる存在になります。学校でも係活動があるのに、家でも係がある。黒板係、配り係、母の情緒安定係、父の地雷回避係。そんなに係を持たされたら、宿題どころではなくなります。
やりきる力とは、自分の力を自分の人生に使えることだとわたしは思います。
けれど、夫婦の緊張の中にいる子は、自分の力を自分のために使う前に、家庭のために使ってしまいがちです。
母が悲しそうだから、自分は楽しんではいけない気がする。
父が不機嫌だから、目立たないようにする。
家が不安定だから、自分の悩みを増やしてはいけない。
…こうして子どもは、自分の人生のアクセルを踏む前に、家庭のブレーキを踏むようになっていきます。
しかも、そのブレーキは本人にも見えません。親から見ると、ただ怠けている子・動かない子に見える。でも本当は、動かないことで残り少ないエネルギーを温存しているのかもしれません。
子どもが認知する夫婦間葛藤は学習への関与に否定的に働く
近年の高校生を対象にした研究でも、子どもが認知する夫婦間葛藤は学習への関与に否定的に働き、ポジティブ・ネガティブな学業感情がその関係を部分的に媒介することが示されています。 つまり、家の中の葛藤は、子どもの「勉強したくない」というただの気分だけではなく、学習に向かう活力、没頭する力、粘る力を削っている場合があります。やる気がないのではなく、やる気に火がつく前に、情緒の湿気で薪がしけっている感じです。
ただ、夫婦げんかがある家庭は全部だめだ、という話ではありません。夫婦に葛藤があるのは自然なことで、人間同士が暮らしているのだから、意見が合わないことは当然あるし、冷蔵庫のプリンを誰が食べたかで世界が終わりそうになる日もあります(?)。
大事なのは、葛藤があることそのものではなく、その葛藤を大人が大人の問題として扱えているかどうかです。
子どもを味方につけない。子どもに愚痴を背負わせない。子どもに夫婦の修復係をさせない。怒りや不満があっても、それを子どもの人生に流し込みすぎない。ここがとても大事になってきます。
夫婦関係の問題は、気づかないうちに、子どもへの言い方・見守り方・叱り方ににじんでいきます。
お母さんがお夫さんへの怒りを抱えたまま、子どもの宿題を見るとか、お父さんが家庭内で居場所のなさを感じながら、子どものだらしなさを責めるとか。
すると、子どもは「宿題を見てもらっている」のではなく、「親の未処理の感情の近くで勉強している」状態になり、それはそれは集中しにくい状況になります。
「なぜ勉強しないの」の前に子どもをじっくり観察してみよう
では、どうすればよいのかというと、
この子はいま、勉強以外のところですでにエネルギーを使い果たしていないか。親の機嫌を読んでいないか。母の不安を背負っていないか。父の沈黙におびえていないか。夫婦の間に立たされていないか。何をしても正解にならない世界に置かれていないか。
…ということを観察してみることだと思います。
ここを見ないまま、勉強させようとしても、うまくいかないことが多いからです。
家庭の秩序が整うと、子どもがふっと動き出すことがあり、子どもはようやく自分のことをしてよくなり、今まで家庭の空気を読むことに使っていた容量が、自分の課題に戻っていくと、ずっとバックグラウンドで動いていた重たいアプリが終了するので、画面が固まっていたスマホが、急に少し動き出す。…ということです。
ただ、この取り組みは一朝一夕で結果が出るかというとそうではなく、長い時間をかけて、「どうせ無理だ」「頑張っても意味がない」「最後までやると失敗がはっきりしてしまう」という意味づけが子どもの中に染み込んでいることがあるので、その場合は、結構時間をかける必要があります。
冷凍庫の奥でカチカチになったお肉を、電子レンジの解凍モード一回でちょうどよくするのが難しいように、心にも解凍の時間がいるからです。
まとめ
子どもがちゃんとやるべきことをやりきれないとき、その子は怠けているのではなく、今日の家庭の空気で疲れているのかもしれない。という視点をもってみると、意外と家庭の中で流れる空気に色がついていることに気づくことがあります。
勉強机に座っているのに手が動かない子の中では、ノートとは別の問題が開かれていることがあります。
その問題集には答えが載っていないし、ページ番号もないし、丸つけをしてくれる人もいない。
正解がわからないまま、無意識に家庭の中で気をつかって消耗していることがあります。
今回のブログの結論は、子どもを変えようとする前に、家庭そのものを見直すことが必要な場合があるというお話です。
夫婦がいつも仲良くなければならない、という話ではありません。理想の家族写真のように、全員が白い服を着て草原で笑っていなければならない、という話でもありません。そんな家庭は広告の中にしかありません。(言い過ぎた)
大切なのは、夫婦の問題を子どもの人生に流し込みすぎないことだと思います。
やりきる力は、子どもに無理やり持たせるものではなく、安心できる関係の中で、じんわりと出てくるものです。
夫婦仲が悪いと子どもが勉強に向かえなくなるのは、ただ家がうるさいからではありません。
家庭という最初の世界の一貫性が揺らぎ、子どもの役割が重くなり、努力する意味が見えにくくなり、自分の力を自分のために使うことが難しくなるからです。
子どもは、家庭という世界の中で、「世界は信じられるか」「関係は続くか」「自分はここにいていいか」を学んでいます。
その答えが不安定なままでは、勉強の答えを書き続けることは難しいのです。
なかなか難しい話だと感じられるかたもいらっしゃるテーマだと思いますが、実際、支援の中でも夫婦間葛藤が解消されていくと、お子さんが「親は何もしていないのにぐんぐん伸び始めた」という話をよくききます。
中学生~高校生のお子さんだと、わかりやすく成績がアップするということも実はよくある話で、「自立」をテーマに子育てをしたから成績が伸びていくということももちろんあるのですが、それだけではなく、今回書いたようなことを意識して取り組まれたご家庭では、よりお子さんの学力向上によい影響を与えることがあるというのは、私の15年目の支援者歴の中でもよく目にしてきました。
それでは、今回はこれで終わりたいと思います。
さいごまでお読みいただきありがとうございました。また次回のブログもお読みいただけると嬉しいです!
まいどん先生(公認心理師)
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