
変わったのは時代なのか、わたしなのか
時々定期検診的に「また山下先生にご指導ご鞭撻のほどを…」と言われてはガッカリされるということを何度も繰り返している。
「私、職場の人に山下先生のこと紹介したことがあったんですよ。依頼したら、ビシバシ指導してくれて、ダメなところをみつけて的確に教えてくれるって。なのにあの人は先生を頼らなかったんです!!」
「先生、うちの子供がもう義務教育じゃないから、そんなに優しい指導になったんですか…?」
親御さんはどこかさみしそうにしながら、ちょっとだけカウンセリングを受けてみるものの、離れていく…
わたしこれ、この数年で何度経験したんだろうか…。
ガッカリさせてしまったことに申し訳ないと思いつつ、もう、わたしはあの頃のわたしには戻れないでいる。
支援者自身と支援観の変化
時代がうつりかわり、人の価値観や考え方が変わるように、わたしもまた、変わっていった。
じつは(?)わたしは子どもの頃、「自立できていない子」だった。
自分で時間割を揃えた記憶がない。
宿題も気づけば間違いが修正されている。
自分で着る服を選んだこともない。
お手伝いなんてしたこともない。
ちびまる子ちゃんのはなわ君みたいな家に住んでお手伝いさんのようなひとがやってくれるような環境だったわけでもない。
わたしはただ、ツバメの雛のように口をパクパクしているだけ。
わたしには、自分で何かを選んで決める、ということを、義務教育中ほとんど経験してこなかった。
してこなかった、ともいうし、
さけてもらえなかった、ともいう。
私は超絶過保護過干渉の家で育ち、たくさんの制限のなかで大きくなった。
そしてある程度大きくなって周りを見渡したときに、自分と周りとの経験の差があまりにもありすぎることを知ってしまって、親を恨んだのだった。
「どうして私を、年齢相応に自立させてくれなかったの」と。
周りがひょいひょいとできることができるようになるまで、だいたいのことは人よりも倍時間がかかったりもした。
周りの子は小3でカップラーメンにお湯をわかして3分まてるし、ホットケーキを焼いて食べることができる。
時間割は自分でそろえて、忘れ物をしたら先生に言いにいって隣の子に見せてもらえる。
私はそんな、当たり前の経験がうらやましかった。
学校で「子どもが失敗する」「持ち物を忘れる」ということが、親にとっては受け入れられなかったらしい。
「自立」は大事だとは思う。けど…
それだから、私にとって、人生のテーマのひとつに「自立」という言葉がハマりやすかった。
学校に行きにくい時期があったことで受験で苦労もしたし、人間関係にも苦労したし、自立できていないと困ってしまう経験をした私だったから、ハマりやすかった。
だから、私の過去の支援内容に対して、
「親を責められている気分です」
「一生懸命自分なりに考えてやってきたことを否定されている気分です」
…という意見をいただくことにたいして、お恥ずかしながら若い頃の私は…耳をかすことがなかった。
だって、それが正しいと思っていたから。
親のあり方を変えて、ちゃんと「しつけ」ないと、「教育」しないと、子どもがかわいそうやんか、と思っていたから。
わたし自身が、「どうしてしつけてくれなかったの」「どうして失敗させてくれなかったの」「どうして自立に向けてかかわってくれなかったの」と思っていたから、自立を意識して「指導」することが正義だったのだった。
「操作」と「逃避」
だけど、わたしの考えはいまは違う。
物事はもっと複雑だということに気づいてからというもの、むしろ
「子供が自立できるように関わって、学校に行かせてあげたいんです!」
と言われてしまうと、「ごめんなさい。私とおかあさんとでは、きっと価値観が違うだろうから、ほかの支援者さんを探されたほうがいいと思う」と、強い勢いで相談にこられたかたからのけぞるようにして断ってしまう。
子どもはとても賢い。
環境に適応する力が高い。
「え、でもうちは学校には行けてないので適応能力が低いってことですよね?」ということでもない。
そもそもの気質として学校がほんまにあわへん子もいる。
そういう子には学校教育「に」何が何でも合わせさせる!と無理させても、一時はそれで適応できても大人になった時の二次障害を考えると、わたしは怖くなるし、その子にとっての子ども時代をどう幸せなものにしていくかのほうが課題だとわたしは思う。
もし私が、過干渉過保護の環境であっても、自分の意見をまだ聞いてもらえる環境たったなら、親に反発して自分でやらせてくれと怒りながら言えていたのかもしれない。
でも、わたしの生存戦略は「従う」だった。
親に言い返せば「おまえがだめだからだ」とか「おまえが自分でやらないからだ」とか、
何時間でもネチネチ言われて何倍にも返されることをしっていたから、諦めていた。
成長することを、諦めていた。
これはある意味の環境適応。
「自分は何もできないやつなんだ」と自分で思いこむようにして、親にあれこれやってもらうことが結果的には苦しみが少ないということを、わたしは本能的に理解していた。そう、逃避だ。
「操作」されたら、順応するか心を閉ざして逃げるしかなくなる
何かしら、家庭や学校で起きている不快な出来事にたいして、着地点はいつも「自分のせい」。
そう思いこめば、この不快な感覚がありながらも日々を過ごしていられた。
親には自分を感情で押しつけてきたり、話あて決めるということをしてくれないということを子どもながらに気づきたくなかったのかもしれない。
気づいてしまったら、親のことをもっともっと嫌いになってしまうから。
実際わたしは、大人になってからしばらくの間親を嫌いなまま数年過ごして距離ができてしまった。
カウンセラーが親に「過干渉過保護をやめ、父性と母性を意識するんですよ」と親の言動すべてを「操作」する。
添削の名のもと、ダメ出しの嵐。
子どもを「操作」すると、子どもはいつしか順応していく。
かつての私のように。
でもそこには、
役割遂行する親と従う子の図式ができあがり、
情緒的なかかわりをして絆を深めていくことが困難になってゆく。
…ちょっと極端だったかな。全然情緒的なかかわりができないってわけじゃない。
ないけど、本当の気持ちで関わり合うことがなくなってしまいやすい。
子どももまた、親に求められる子ども像の範囲をこえられないまま、自分らしさを見つけられないまま大人になってしまいやすい。
「操作」よりも「付き合う」
それではいけないと思ったわたしだから、もうビシバシ添削を!なんてできない。
「添削」という言葉がもう、わたしには受け付けなくなっている。
親は指摘されるべき存在じゃない。
必死に子どもと生きてきたんだから。
さらに評価を気にして生きすぎると親もまた自分らしさを失ってしまう。
そう、かつての私の親のように。
評価を気にしすぎて、子どもの意見はまるで取り入れず、子どもに「順応させる」とか、「いい子」だけれど心を閉ざしてしまうかもしれない。
子育てが終わるまでの間、自分を出せなくなってしまう。
子育てが楽しいものじゃなくて、我慢になってしまう。
子どものいまは、いましかないのに。子ども時代はとても短いのに。
自分らしく、目の前のわが子を愛する。
それをみつける旅が子育てだと思うから、自立させて学校へ…ということだけに偏りたくない。偏れない。
人の価値観は時代とともにかわっていく。わたしは今の価値観でカウンセリングをしたほうが、私らしい。
わたしはただ、わたしのような生き苦しいと感じるような子を増やしたくないからだ。
それでは、今回はこれで終わりたいと思います。
さいごまでお読みいただきありがとうございました。また次回のブログもお読みいただけると嬉しいです!
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