「期待して傷つくのが怖い」。その痛みがわかるから、私は安易な『希望』を語りません。

「期待して傷つくのが怖い」。
その痛みがわかるから、
私は安易な『希望』を語りません。

公認心理師

山下 真理子

正直に申し上げます。私には2歳の娘がおりますが、不登校の親としての経験はありません。

しかし、支援者として14年間、数え切れないほどの「動けない親子」と向き合ってきました。

なぜ、当事者経験のない私が、あなたの「黒い感情」や「痛み」を理解できるのか。

それは私自身もまた、人生が思い通りにいかない暗闇を知っているからです。

傷つかないために、心を殺した日々

私はかつて、不妊治療を経験しました。

周りが当たり前のように手に入れている幸せが、なぜ自分には来ないのか。

街ゆく親子を見て湧き上がる嫉妬。

「大丈夫、次があるよ」という周囲の励ましに対する苛立ち。

希望を持っても、リセットされるたびに突き落とされる。

「もう、傷つきたくない」そう思った私は、いつしか期待することをやめ、淡々と、作業的に治療をこなすようになりました。

自分に「喜ぶこと」を禁じ、心を無感覚にすることで、自分を守っていたのです。

あなたの心も、いま「作業」になっていませんか?

不登校の親御さんも、同じではないでしょうか。

「また今日も行けなかった」と傷つくのが怖くて、「様子を見よう」と自分に言い聞かせ、心を殺して、作業のように日々をやり過ごす。

かつての私と同じように、「喜べない自分」になってしまっている方がたくさんいます。

だからこそ、私はあなたに「薄められたカルピス」のような、安易な希望は語りません。

「そのままでいい」という麻酔も使いません。

その代わり、あなたが心の奥底に封じ込めた「黒い感情」さえも、私は受け止めます。きれいごとではない、ドロドロとした本音を吐き出しても、私は絶対に引きません。

暗闇を抜けた先には、必ず光があります。かつて心を殺していた私が、今こうして我が子を抱きしめられているように。

あなたの人生の棚卸しをして、もう一度、心から「笑える日」を取り戻しましょう。

「赤いリップ」への違和感

今でも忘れられない光景があります。私がまだ中学生の頃。あるスクールカウンセラーに出会いました。

完璧に引かれた、鮮やかな赤いリップ。整った身だしなみ。

彼女は「正しいこと」を言いました。教科書通りの、立派なアドバイスでした。

でも、私の心は冷え切っていました。

「この人は、私のことなんて見ていない」

彼女が見ていたのは、私の心ではなく、「解決」という結果だけだったからです。

その赤いリップが動くたびに、私は「大人はやっぱり信用できない」と心を閉ざしました。

「結果」でしか愛されなかった子供時代

なぜ、そう感じたのか。それは私自身が、徹底的な「結果主義」の家庭で育ったサバイバーだからです。

お酒が入ると人格が変わる、ハラスメント気質の父。教育熱心で、世間体や成績ばかりを気にする、「変わった思考」の母。そこにあったのは、人格否定や、見た目への心ない言葉でした。

「テストでいい点を取ること」「親の言うことを聞くこと」。

結果を出さない私は、存在価値がないかのようでした。

多感な中学時代、私は毎日こう思っていました。

「こんな思いをさせるなら、なんで私を産んだの?」

希望を持つことをやめ、大人は敵だと認識し、心を殺して生きていたあの頃。

その痛みは、教科書で学んだ理論ではなく、私の細胞に刻まれています。

絶望の淵から、支援者へ

そして大人になり、私は不妊治療という別の絶望も経験しました。

「産まれたくなかった」私が、「産みたい」と願っても叶わない皮肉

そこでもまた、「期待して傷つくのが怖い」という防衛本能から、感情を作業的に処理する「喜べない自分」になりました。

だからこそ、私にはわかります。不登校のお子さんが、部屋で膝を抱えて何を感じているのか。

そして、それを見守る親御さんが、どれほどの「黒い感情」と戦っているのか。

私の誓い

私が「再登校」という結果だけにこだわらないのは、そのためです。

無理やり学校に戻しても、家庭の中に「結果主義」や「人格否定」の空気が残っていれば、子供はかつての私のように、心の中で親を殺します。

私は、あの日の「赤いリップのカウンセラー」にはなりません。

あなたの家庭のドロドロとした部分、見たくない現実、そしてあなた自身の未消化な感情まで、すべてを直視します。

きれいごとは言いません。

かつて絶望した子供だった私だからこそ、
今、暗闇の中にいるあなたと、嘘のない言葉で対話ができると信じているからです。