
支援者として、「不幸でいなければならない」と思っていた私が、「幸せでいなければならない」と気づくまで
幸せになっちゃだめだと思いこんでいた頃があった。
カウンセラーをやっていて、カウンセラー人生の半分は、そう考えていた。
まるで、クライエントと共に苦しむ
「殉教者」でなければならない、とでも言うように。
なぜか。
「私は幸せなの。あなたと私は違うのよ」
「私はあなたとは違う世界に生きてるから、痛みはわからない。
わからないほうがいい。バッサリ斬れるから」
そういうカウンセラーは、世の中にたくさんいる。
でも、私はそうなりたくなかった。
安全地帯から、人の人生を裁くような人間にだけは、なりたくなかったからだ。
この、今思えば少し歪んだ私の思いこみは、
遡るところ、中学生のころの体験から始まっている。
すっごくきれいで、真っ赤なリップが似合うお姉さんカウンセラー。
スクールカウンセラーってのがいるから話してこいと担任に言われ、
渋々向き合った、あの日。
「なんだこの人。境界線はっきりしすぎじゃない?」
「安全地帯から苦しいやつに助言して、涼しい顔してやがる」
そう感じてしまった、当時の私。
あの感覚が、どうしても忘れられなかった。
だから私は、
えらそうに正論でバッサリ斬ることは、よくないことだと思うようになった。
「ずっと私の人生は、不幸であっていいんだよ」
「ひとさまの苦しみで、おまんま食わせてもらってるんだから」
幸せだなんて、だめだ。
人の不幸にニヤリと笑うような存在には、なりたくない。
痛みを分かち合うためには、私も同じ泥の中にいなきゃいけない。
それが、当時の私なりのカウンセラーとしての倫理観てやつだった。
「幸せでいなければならない」と、はじめて思えた瞬間
結婚12年目にして、ようやく我が子を授かった。
12年待って、やっとこの腕の中にやってきた命。
ミルクの匂い、やわらかい肌、私に向けられる全幅の信頼。
正直に言えば、産後はバタバタだったし、
決して「絵に描いたような幸せな人」ではなかったと思う。
その頃の私を知っている親御さんもいる。
それでも。
娘の存在と向き合う日々の中で、
私はどうしようもなく「幸せ」を感じるようになっていった。
そして同時に、
「不幸でいなければならない」という価値観は、
少しずつ、少しずつ、薄れていった。
だからといって、
今まさに幸せを感じられない人が、間違っているわけじゃない。
人にはそれぞれの時間があって、
気づきの順番があるだけだと、私は思っている。
娘と過ごす中で、もうひとつ、はっきりと気づいたことがある。
私が「ちゃんとしなきゃ」「支援者らしく」と
眉間に皺を寄せて深刻な顔をしていると、
娘は私を試す行動が増える。
でも、私がただ笑っているだけで、娘は安心したように、ひとりあそびを堪能する。
理屈じゃなかった。
母親である私が、安心していること。
それ自体が、子どもにとっての最大の「安全地帯」なのだと、
この小さな命が教えてくれた。
そのとき、ふと思った。
私が日々、電話やメッセージで向き合っている
不登校や癇癪に悩むお母さんたちも、同じなんじゃないか、と。
私は、子どもたちと直接会うことはない。
向き合っているのは、
暗闇の中で震えながら、必死に踏ん張っているお母さんたちだ。
電話越しのお母さんたちは、
見えない私の「声」に、必死ですがりつこうとしている。
そんなとき、もし私が
「あなたと同じ苦しみの場所にいますよ」と言いながら、
殉教者のように不幸なオーラをまとって受話器を握っていたら、
どうなるだろう。
それは共感ではなく、
ただ重たい絶望を一緒に抱え込むだけだ。
一緒に沈んでどうする。
私まで沈んでしまったら、
誰がお母さんの手を引くんだ。
中学生の私が見た
「真っ赤なリップの先生」が嫌だったのは、
彼女が幸せだったからじゃない。
安全な場所から、ただ見下ろしていたからだ。
今の私は、そうはなりたくない。
私は、泥沼でもがくお母さんたちの伴走者でいたい。
でも、「一緒に溺れる人」ではなく、
ちゃんと立って、手を差し出せる人でありたい。
受話器の向こうの私までが不幸な顔をしていたら、
お母さんたちは
「どこに向かえばいいのか」わからなくなってしまう。
「大丈夫。こっちは、少し明るいよ」
「人生は、捨てたもんじゃないよ」
そう腹の底から信じている人間が、
その温度を言葉に乗せて届けるからこそ、
お母さんたちは
「あ、そっちに行ってもいいんだ」と、顔を上げられる。
文字だけのメッセージも、同じだ。
不幸に沈んだ人が書く言葉と、
人生を味わっている人が書く言葉は、
やっぱり、温度が違う。
画面越しに心を温めるためには、
私自身が、自家発電のように
「幸せ」で満たされていなければならない。
だから今、私は自分に許可を出している。
私は、幸せになっていい。
いや、プロとして、幸せでいなければならない。
もちろん、
いつも幸せでいられるわけじゃない日もある。
余裕がなくて、うまく笑えない日もある。
それでもいい。
そういう日があっても、
また戻ってこられる場所を、私は知っている。
目の前のわが子を、
ただただ愛おしい、かわいいと思える時間を、
少しずつでいいから、増やしてほしい。
もし今、そう思えない日が多いとしても、
「そう思えない自分」を、責めなくていい。
それもまた、親としての現実だから。
思春期でも、大人になっていても、
根っこにあるのは
「かわいいわが子が、将来困らないように」という願いであってほしい。
「さっさと自立しろ」と思う日があってもいい。
それでも心のどこかに、
その子の人生を案じるあたたかさが残っていれば、
それで十分だと、私は思っている。
「私は幸せだよ。
だから、あなたも、必ず笑える日が来るよ」
そう信じ切れる私であること。
それが、今の私なりの
一番の誠実さだと思っている。
それでは、今回はこれで終わりたいと思います。
さいごまでお読みいただきありがとうございました。また次回のブログもお読みいただけると嬉しいです!
まいどん先生(公認心理師)
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