起きていることを「個人のせい」にしないための視点
はじめに
このページで扱うこと・扱わないこと
このページで扱うのは、原因探しや犯人探しではありません。
・診断名で説明しきること
・親の育て方を評価すること
・「だから仕方ない」と諦めること
そのどれもしません。
ここでは、いま起きている不登校や困りごとを、子ども個人や親の問題に押し込めないための「文脈の視点」として整理します。
なぜ、この視点が必要なのか
状態や困りごとをいくら整理しても、それだけでは苦しさが残ることがあります。
それは多くの場合、
・なぜ、同じ環境でもつらくなりやすいのか
・なぜ、同じ対応でもうまくいかないのか
といった問いが、そのまま残っているからです。
このページは、その問いに対して「誰が悪いか」ではなく、「どんな条件が重なっているか」という見方を提供するためのものです。
第1章
特性・気質という視点
― 世界の受け取り方の"傾向"として考える ―
特性は「できない理由」ではない
特性や気質は、その人が怠けている理由でも、努力不足の証拠でもありません。
それは、
世界をどう受け取りやすいかという傾向です。
・音や光、人の気配に敏感
・見通しがないと不安が強くなる
・注意が一点に集中しやすい/散りやすい
こうした傾向は、環境と合っているときには力になりますが、合わないときには負荷として積み重なりやすくなります。
「ぽさ」「グレー」という言葉について
ここで扱う特性は、診断の有無で線を引くものではありません。
これらは、
白か黒かではなく、
環境との相性の問題として現れることが多いものです。
「名前をつけること」が目的ではなく、
負荷がかかりやすい条件を理解するための視点
として扱います。
特性が関係するときに起きやすいこと
特性や気質があるとき、次のようなことが起きやすくなります。
・がんばっているのに、疲れが抜けにくい
・朝や切り替えの時間に負荷が集中する
・「平気そう」に見えて、後から反動が出る
これは弱さではなく、調整にエネルギーを多く使っている状態です。
第2章
親と家族の背景という視点
― 生き延びるために身につけてきた形 ―
親の背景は「子どもを苦しめる原因」ではない
親の子ども時代や家族の歴史は、子どもを苦しめるためのものではありません。
・比較されて育ってきた
・つらさを言えないまま大人になった
・期待に応え続けてきた
・家庭が不安定だった
これらは、親自身が生き延びるために必要だった形です。
背景は「無意識のがんばり」として表れる
親の背景は、意図せず次のような形で表れることがあります。
・先回りして支えすぎる
・子どもの不安を自分の不安として抱え込む
・がんばりを止めるのが怖くなる
・感情が爆発するあるいは出せない
これは「間違い」ではありません。
これまでの人生で、そうすることが必要だっただけです。
親が悪い、という話ではありません
この視点は、親を責めるためのものではありません。
むしろ、
がんばり続けてきたか
を、言葉にするための視点です。
第3章
特性と背景は「重なったとき」に影響する
特性と家族の背景は、どちらか一方が原因になるのではありません。
重なったときに、負担が増えやすい条件として影響し合うことがあります。
たとえば、
・敏感な気質 × 親の強い心配
・見通しの必要性 × 急がされる関係
・がんばりやすい特性 × 期待に応える役割
こうした重なりの中で、子どもや家庭は知らず知らずのうちに消耗していきます。
この視点がもたらすもの
このページの視点を持つことで、
・「誰のせいか」を探さなくてよくなる
・状態や困りごとを、立体的に見られる
・親自身の負担にも目が向く
ようになります。
これは、何かを変えるために急ぐためではなく、これ以上、誰か一人が無理を抱え込まないための視点です。
他のページとの関係
このページは、次のページと行き来しながら読むことで全体像が見えやすくなります。
・不登校の「状態」から考える
いま、学校とどう関われているか
・困りごとから考える
どこに負担が集まっているか
・特性・背景のページ
より具体的な条件や事例
いまの状態は、結果ではなく途中です
起きていることを
「子どもの問題」
「親の問題」
に分けてしまうと、どうしても誰かが苦しくなります。
このページが、そうした分け方から少し離れて、状況を"文脈として"読み直すための場所になればと思います。
ここまで読んで、どこにも当てはまらないと感じても、心配はいりません。
いまの状態は、良い・悪いで評価されるものではなく、過程の一地点です。
このページは、答えを出す場所ではなく、無理を一人に集めないための地図として置いています。
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