共感しすぎてしまうとき
この記事では、つらさを言えなかった背景を 「特性・気質と、親・家族の背景という視点」から整理しています。 原因を一つに決めるのではなく、 いま起きていることを 地図の一地点として捉えるための記事です。
① この背景を、どう捉えるか
「つらさを言えなかった子ども時代」というと、
強い出来事や分かりやすい傷を想像する方も多いかもしれません。
ですが、このページで扱うのは、
特別な出来事があったかどうかではありません。
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迷惑をかけてはいけないと思っていた
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我慢するのが当たり前だった
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つらい気持ちを言葉にする前に飲み込んでいた
こうした経験の積み重ねの中で、
「感情は自分で処理するもの」
「弱さは見せない方がいい」
という感覚が、静かに身についていくことがあります。
これは、
その環境の中で
人との関係を壊さずに生きるために
必要だった知恵でもありました。
② なぜ「共感しすぎてしまう」のか
つらさを言えなかった背景をもつ親は、
子どものしんどさに
とても敏感です。
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表情の変化
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声のトーン
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小さな違和感
を、誰よりも早く察知します。
それは、
かつて自分自身が
「気づいてもらえなかった側」
だったからかもしれません。
その結果、
親になったとき、
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この子のつらさを見逃したくない
-
自分と同じ思いをさせたくない
という気持ちが強く働き、
共感が、距離の近さとして表れやすくなる
ことがあります。
③ 無意識に起きやすい関わり方
この背景をもつ親は、
悪気なく、次のような関わりを
選びやすくなります。
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子どもの気持ちを先回りして代弁する
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困る前に助けに入る
-
子どもがつらそうだと、自分も苦しくなる
これは支配でも、依存でもありません。
「一人で耐えさせたくない」
という、切実な願いが
関わり方に表れているだけです。
④ 家庭で起きやすいすれ違い
この背景があると、
家庭では次のようなすれ違いが
起きやすくなります。
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親が先に疲れきってしまう
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子どもが「守られすぎている」と感じる
-
子どもが自分の言葉を探す前に、話が進む
その結果、
親は
「こんなに支えているのに、なぜ…」
と感じ、
子どもは
「自分は弱い存在なのかもしれない」
と感じてしまうことがあります。
⑤ 親自身の疲れが、ここに現れる
つらさを言えなかった背景をもつ親は、
自分の疲れにも
とても鈍感になりがちです。
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しんどいと言う前に、踏ん張る
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限界を超えてから、初めて気づく
-
休むことに罪悪感を感じる
子どもの状態が長引くほど、
親自身の心と体が
静かに消耗していく
ことがあります。
これは、
親として未熟だからではありません。
長い間、自分のつらさを後回しにしてきた
生き方の延長線上
に起きていることです。
⑥ この背景と、子どもの状態が重なるとき
つらさを言えなかった背景は、
次のような状態・困りごとと
重なりやすくなります。
-
母子分離不安
→ 親子ともに「離れること」への怖さが強まる -
登校しぶり・五月雨登校
→ 行けない理由を、親が先に抱え込んでしまう -
親の不安が強い状態
→ 子どもの回復より先に、親の消耗が進む
このとき起きているのは、
親が過干渉だから、
子どもが依存的だから、
という単純な話ではありません。
「一人にしない」という価値が、
親子の距離を近づけすぎている
という関係の問題です。
⑦ 見直すと楽になる視点
この背景に気づいたとき、
「距離を取らなければ」
「自立させなければ」
と考える必要はありません。
まずは、
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親自身が、少し休んでいい
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つらさを感じてもいい
-
すぐに理解しなくてもいい
という余白を、
親の側に許すことが
とても大切です。
親が一歩楽になると、
子どもも
「自分の言葉で感じていい」
という余地を取り戻しやすくなります。
⑧ すぐに判断しなくていいこと
-
この背景が原因だと決めなくていい
-
親の過去を掘り下げなくていい
-
今すぐ関わり方を変えなくていい
この視点は、
責任を探すためのものではありません。
これ以上、
誰か一人が
無理を抱え込まないための
「見取り図」です。
⑨ 関連するページ
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困りごとから考える
無気力/学校が怖い -
不登校の状態から考える
登校しぶり/五月雨登校 -
特性・気質と、親・家族の背景から読み解く
最後に
つらさを言えなかった背景は、
あなたが
人を大切にしてきた証でもあります。
そのやさしさは、
今もあなたの中にあります。
ただ、
これからは
そのやさしさを、
自分自身にも向けていい
のかもしれません。
このページが、
親も子も
少し呼吸を整えながら
状況を見つめ直すための
支えになればと思います。
他の視点も含めていまの状態を整理したい方は、こちらのページをご覧ください。