
「この子の人生は終わった」と絶望。レールを外れることが怖いお母さんのおはなし
こんにちは。公認心理師のやましたです。
中~高校生の不登校のお子さんを持つ親御さんにとって、
子どもの将来を思い浮かべたときに大きな恐怖に襲われることがあります。
それは、親が信じてきた人生のレールから外れたと感じた途端、
子どもの未来が一気に真っ暗に見えてしまうからなのかもしれません。
崩れ落ちた「幸せの設計図」
学校に行かなくなって、もうどれくらいの月日が流れたでしょうか。
制服はクローゼットの奥で埃をかぶり、教科書は開かれないまま積み上げられている。
同級生たちが進学し、青春を謳歌し、未来へ向かって歩んでいる中、我が子だけが時が止まった部屋に閉じこもっている。
「勉強もしていない。体力もない。コミュニケーション能力もない」
「このままじゃ、高校にも行けない。就職もできない」
「将来は引きこもりか、生活保護か……」
そんな暗い未来予想図が頭をよぎり、夜中にふと目が覚めて、絶望で息ができなくなる。
…という方は少なくないと思います。
描いていた幸せの設計図。
「普通に学校に行き、普通に会社に入り、普通に幸せになる」
それが今、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていくような。
その恐怖は、まるで「社会的な死」を宣告されたかのように、あなたの心をえぐっているかもしれません。
今日、あなたにお伝えしたいのは、気休めの慰めではなく、
「学校に行かなくてもなんとかなるよ」という無責任な励ましでもなく、
レールの上を走ることだけが人生だという、私たち大人を縛り付けている巨大な洗脳(呪い)に焦点を当てて記事を書いてみたいと思います。
なぜ、あなたはそんなに「怖がっている」のか
不登校を「人生の終わり」だと感じてしまう。
この極端な結論をだしてしまう・恐怖の正体は、一体どこから来ているのでしょうか。
…少し、あなた自身の過去を振り返ってみてください。
あなたはきっと、真面目で、努力家で、親や先生の言うことをよく聞く「いい子」だったのではないでしょうか。
テストの点数で評価され、順位を競わされ、「いい学校に入ること」が親への親孝行だと信じて疑わなかった。
嫌なことがあっても「我慢するのが大人だ」と歯を食いしばり、社会の理不尽さに適応してきた。
そうやって、必死にレールから落ちないように走り続けてきたあなたにとって、
「レールから外れること」は「脱落」であり、「敗北」であり、すなわち「死」を意味するほど恐ろしいことなのかもしれません。
だから、レールを降りてしまった我が子を見ると、本能的な恐怖が襲ってくる。
「こっちに戻ってきなさい! そっちは崖よ!」と叫びたくなる。
でも、一度立ち止まって考えてみてください。
必死に走り続けてきたそのレールの上は、本当に「幸せ」だったかといえば、心を殺して、我慢して、競争に勝たなければという苦労の連続であったかもしれません。
設計図のない世界を生きる「ブリコルール」
文化人類学者のレヴィ=ストロースは、人間の「ものづくり」には二つの方法があると言いました。
一つは「エンジニアリング(工学)」。
もう一つは「ブリコラージュ(器用仕事)」です。
「エンジニアリング」とは、設計図を完璧に描き、それに合った材料を調達し、計画通りに完成させること。
今の学校教育や、いわゆる「普通のエリートコース」は、まさにこれです。
「小学校、中学校、高校、大学」という設計図があり、そこから外れた部品は「不良品」として弾かれます。
一方、「ブリコラージュ」は違います。
明確な設計図はありません。
手元にある「ありあわせの材料」(例えば、たまたま拾った木切れや、壊れた機械の部品、余った布切れ)を寄せ集め、
工夫とひらめきで、その場に必要な「新しい道具」や「隠れ家」を作り出すことです。
不登校のお子さんは、エンジニアリングの世界からは少し離れた場所にいまいるのかもしれません。
しかし、彼らは今、人生の「ブリコルール」として、新しい生き方を模索し始めているのかもしれません。
部屋でゲームに没頭している時間。
ネット動画で見た海外の景色。
独学で描いたイラスト。
あるいは、天井を見つめて悩み抜いた「死とは何か」「生きるとは何か」という哲学的な問い。
これらはすべて、彼らの人生を作る「材料」といえるのかもしれません。
学校という既製品の材料は手に入らなかったけれど、
彼らは今、誰も見たことのない材料を拾い集め、
誰も住んだことのない「新しい人生の家」を建てようとしているのかもしれません。
「野生の思考」ということば
不登校のお子さんの中には、「勉強の意味が分からない」「集団行動が気持ち悪い」と言う子がいます。
これは、彼らの中に「野生の思考」というものが生きている証拠でもあるかもしれません。
野生の動物は、自分の鼻と耳と直感を頼りに、自分で獲物を探し、危険を察知しますが、
それと同じように、本人の感覚が「学校はちがうかも」と思っている場合もあるかもしれません。
今、社会は激変しています。
「いい大学に入れば安泰」という神話は崩れ、AIの台頭で「正解のある問い」を解く能力は価値を失いつつあります。
これからの時代に必要なのは、敷かれたレールを走る力(エンジニアリング)ではなく、道なき道に道を作る力(ブリコラージュ)だと思います。
「皆と同じ」という安心感を捨て、孤独の中で自分自身と向き合うという行動は、現代社会において最も過酷で、
しかし最も「人間としての本質的な強さ」を育む修行の時間といえるのかもしれません。
彼らは今、サナギの中でドロドロに溶けながら、全く新しい蝶になるための「変態」の最中とも考えることもできます。
親の役割は「レールに戻す」ことではない
では、ブリコルールとして生き始めた我が子に対し、親は何をすればいいのでしょうか。
一番してはいけないことは、「こっちのレールに戻りなさい」とむりやり引っ張ることです。
それは、蝶になろうとしているサナギを、無理やり芋虫に戻そうとするようなものです。
親の役割は、「ベースキャンプ」になることです。
道なきジャングルを開拓しようとしている冒険家(お子さん)が、傷ついたり、お腹が減ったりした時に、いつでも帰ってこられる場所。
「失敗したっていいんだよ」
「どんな生き方をしたって、あなたが生きてさえいれば、パパとママは幸せだよ」
そう言って、温かいスープを出してあげる場所。
あなたが「普通の幸せ」という呪縛から解き放たれ、
「学校なんて行っても行かなくても、どっちでもいいや!」
「この子は、私には想像もつかない面白い人生を歩むに違いない!」
そう腹を括ったとき、お子さんの冒険は加速するかもしれないです。
実際、私は今、高校生のお子さんを持つご家庭に支援を差し上げることが増えてきているんですが、
高校生の不登校や、通信制高校への転校や、通学などの相談を受けていると、
高校生の場合は特に、親が無理に学校に行け・レポートをやれと強要すればするほどこじれるケースが多いです。
適切なタイミングで、ちょっとだけ背中を押すだけで
親御さんも「え、こんな簡単に?」と思うくらい自然に、
お子さんが自ら勉強しだしたり、大学受験をすると言って塾に通いだすようなことが起きています。
それは、親御さんがお子さんの生き方を一度肯定したからであり、
「通信に行かせてしまった、なんとかしないと…この子は弱いんだ…」
といった感じでかかわることがなくなったからでもあると思うケースがたくさんあります。
まとめ
「この子の人生は終わった」
そう絶望していたあの日のことを、いつかあなたは笑って振り返る日が来るかもしれません。
「あの子が学校に行かなくなったおかげで、私は『世間体』なんてどうでもよくなった」
「あの子のおかげで、本当に大切な『家族の絆』に気づけた」
「あの子のおかげで、私の人生も自由になれた」
不登校は、悲劇ではなく、ガチガチに固まってしまったあなたの価値観を壊し、
親子で本当に自由な空へ飛び立つための出来事だったのかもしれません。
お子さんは、ダメな子ではありません。
古い時代のシステムに適合できなかった、進化しすぎた子供たち(ニュータイプ)なのかもです。(すみません。ガンダムが好きで…)
それでは、今回はこれで終わりたいと思います。
さいごまでお読みいただきありがとうございました。また次回のブログもお読みいただけると嬉しいです!
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