一人では抱えきれない負荷を、親と分け合っているとき
この記事では、 不登校や母子登校の背景を 「状態という視点」から整理しています。 原因を一つに決めるのではなく、 いま起きていることを 地図の一地点として捉えるための記事です。
① この状態を、どう捉えるか
母子登校という言葉には、
さまざまな評価がまとわりついてきました。
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依存ではないか
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このままで大丈夫なのか
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早くやめたほうがいいのでは
けれど、このページで扱う母子登校は、
良い・悪いで判断する対象ではありません。
母子登校とは、
子どもが一人では処理しきれない負荷を、
親と一緒に分け持ちながら学校と関わっている状態
を指します。
それは、
逃げている状態でも、
止まっている状態でもありません。
「いま、この形なら関われている」
という現在地です。
② なぜ、母子登校という形になるのか
母子登校が起きる背景には、
さまざまな要素が重なっています。
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学校環境への強い不安
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分離への怖さ
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刺激の多さによる消耗
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見通しが立たない状況
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これまで積み重なった緊張
こうした負荷が重なったとき、
「一人で行く」ことが難しくなる
という形で表れます。
母子登校は、
「甘え」や「依存」ではなく、
負荷調整の方法のひとつ
として選ばれている状態です。
③ 母子登校の中で、子どもに起きていること
母子登校の子どもは、
何も感じていないわけではありません。
むしろ、
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親と一緒でないと安心できない
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でも、本当は一人で行けたらいいと思っている
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行けている自分と、行けない自分の間で揺れている
という 葛藤 を抱えていることが多くあります。
母子登校は、
その葛藤を抱えながらも、
学校とのつながりを完全には切らずにいようとする力
の表れでもあります。
④ 親の側に起きやすい感情
母子登校を続ける中で、
親の側には複雑な感情が生まれやすくなります。
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このままでいいのかという不安
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依存させているのではという罪悪感
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周囲の目への戸惑い
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いつまで付き添えばいいのかという焦り
これらの感情は、
親が弱いからでも、
判断を誤っているからでもありません。
「この子を守りながら、前にも進みたい」
という二つの願いが同時に存在している
からこそ生まれます。
⑤ 家庭で起きやすいすれ違い
母子登校の状態では、
家庭で次のようなすれ違いが起きやすくなります。
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親は「支えているつもり」
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子どもは「離れるのが怖い」
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親は「そろそろ一人で…」
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子どもは「急に言われると動けない」
このとき、
問題なのは
親の関わり方でも、
子どもの気持ちでもありません。
「負荷の量」が、
まだ一人分ではない
という点です。
⑥ 他の状態とのつながり
母子登校は、
単独で存在する状態ではありません。
多くの場合、
次のような状態と地続きで行き来します。
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登校しぶり
→ 一人で行くことへの抵抗が強まる -
校門タッチ登校
→ 分離の地点が校門になる -
別室登校
→ 空間的な負荷調整が行われる -
五月雨登校
→ 行ける日・行けない日の揺れが生じる
母子登校は、
これらの途中に現れる
一時的な形であることも少なくありません。
⑦ 背景・特性と重なるとき
母子登校という状態は、
次のような背景・特性と
重なりやすくなります。
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心配性・過保護になりやすい背景
→ 親の不安と子どもの不安が共鳴しやすい -
家庭が不安定だった背景
→ 分離への怖さが強くなる -
刺激を深く受け取る気質(HSCぽさ)
→ 学校環境の消耗が大きい -
見通しが必要な特性(ASDぽさ)
→ 分離後の見通しが立たず不安が高まる
ここで大切なのは、
どれか一つが原因だと決めないことです。
母子登校は、
複数の要素が重なったときに
選ばれやすい形です。
⑧ 見直すと楽になる視点
母子登校の状態にあるとき、
「自立させなければ」
「離れさせなければ」
と考える必要はありません。
まず大切なのは、
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いまは負荷を分けている段階
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形は固定ではない
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変わるとしたら、負荷が減ったとき
という視点です。
先に形を変えるのではなく、
負荷が変わった結果、
形が変わる
という順番です。
⑨ すぐに判断しなくていいこと
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いつまで続けるかを決めなくていい
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今が正解かどうかを評価しなくていい
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他の家庭と比べなくていい
母子登校は、
ゴールでも、失敗でもありません。
いまの条件で選ばれている、
ひとつの関わり方です。
⑩ 関連するページ
-
不登校の状態から考える
登校しぶり/校門タッチ登校/五月雨登校 -
親・家族の背景から読み解く
心配性・過保護/家庭が不安定だった背景 -
特性・気質から考える
HSCぽさ/ASDぽさ -
困りごとから考える
母子分離不安
最後に
母子登校という状態は、
「まだできていない姿」ではありません。
いま、この子とこの親が
一緒に引き受けている形
です。
このページが、
母子登校を
評価や焦りから切り離し、
現在地として静かに置くための言葉
になればと思います。
ここで扱った視点は、全体の一部です。
他の視点も含めていまの状態を整理したい方は、こちらのページをご覧ください。