ADHD「ぽさ」を抱えて生きる子どもたち

ADHD「ぽさ」を抱えて生きる子どもたち

MIKURU・MIRUのやましたです。

今日はADHDのグレーについて記事を書きたいと思います。

このテーマは、ずっと書きたかったテーマでした。でもどこかで、言葉にするのが怖かった。

 

それは、「発達特性」というテーマがいつも、医学か教育のどちらかに引っ張られてしまいがちで、

そのどちらにも収まらないグレーな状態は、一番苦しいといってもいいかもしれないからです。

 

「周りにはわかってもらえない」

「親としてどう支えたらいいかわからない」

「うちのこ、グレーっぽい」

「うちのこ、グレー。だけど、学校はわかってくれない」

そんなお悩みがある方は決して少なくないんじゃないかなと思います。

ADHDの「ぽさ」とグレーゾーン

診断がつかない子どもたちの苦しみ

最近の相談でとても多い言葉があります。

「なんかADHDっぽい気がするんです」

「お医者さんにグレーって言われました」

発達障害と確定診断がつく子どももいますが、多くはグレーゾーンです。

 

そして、グレーゾーンが一番苦しい。

なぜグレーゾーンが苦しいのか?

診断がつかないと、まわりから理解してもらいにくいからです。

 

診断がつかなければ、その子は定型発達の子と同じように扱われます。

すると、失敗したときや周りとおなじようにできないときに周囲はこう言いがちです。

 

「ふざけてる」

「やる気がない」

「怠け癖だ」

「ちゃんとしなさい」

「何度言ったら分かるの」

 

グレー子やADHDの子は、指示や制限を脳内で処理するのに、人より何倍ものエネルギーを使っているんです。

 

たとえば、学校という環境は、常にルールがあり、静かにしなければならず、座っていないといけない空間ですが、

ADHD傾向の脳にとって、これは毎秒エネルギーを消費する活動だということをご存知でしょうか。

 

そこに、「早くして」「間違ってる」「また?」といった否定が重なると、もう息切れしてしまう。

そして、息切れしたとき、彼らが言う言葉はたいていこうです。

 

「もう無理」

「行きたくない」

「怖い」

それを大人は「甘えている」「逃げている」と受け取ってしまいがちです。

 

ある小学5年生の男の子のケース

息切れでいけなくなってしまった男の子

ある小学5年生の男の子のケースを紹介します。

彼は、授業中落ち着かず、立ち歩いたり、しゃべったり、忘れ物も多い子でした。

 

担任の先生は親御さんにこう言いました。

「ふざけている。注意しても聞かない。態度が悪い」

クラスの中でも浮いていき、友達からもからかわれ、母親にも責められ、彼はだんだん笑わなくなりました。

 

そしてある日、夏休み明けに突然こう言いました。

「お腹痛い。学校行かない」

 

病院では「不安症の傾向」と言われ、

学校では「二次障害かもしれませんね」と言われ…

お母さんは「どうしたら行けるようになりますか」と泣いておられました。

誰も彼の声を聴いていませんでした。

 

初めて出た、本当の言葉

ある日、彼は泣きながら言いました。

「ねえ、なんで僕だけ怒られるの?」

この子はずっと、怒られ続け、否定され続け、「自分が悪い」と思い続け、誰にもSOSを言えず、ただ、ずっと我慢していました。

頑張っても、頑張っても、空回りをして、失敗して、怒られて。

きっとつらかっただろうと思います。

 

親御さんから送られてくるお子さんの様子は、いつも否定的でした。

「息子はこんなこともできません。どうしたら普通になるんでしょうか」

「私の思うように行動しないのが許せません。嫌味を抑えられません」

「親が声をかけないとやらないんです」

 

私は、お母さんの苦しみもわかりつつも、息子さんの気持ちを想像して、胸が苦しかったです。

私たちは、目で見てわかることは理解しやすい。

骨折している子に、「走れ」とはいいません。

 

わたしには、その子の心がなんだか骨折しそうなくらい、こころが脆く、弱ってしまっていて、今にもポキっと折れそうな怖さすらありました。

力は絶対にあるのに、できない。やろうとしない。親御さんの愛を確かめようとしてわざと親を困らせるようなこともする…。

これは親御さんに視点を変えてもらうしかない、と思い、毎日こんなことを伝えていました。

 

「お母さん。息子さんは、これをお母さんに言われたとき、もしかした悲しい気持ちだったかもしれませんよ。

どうしてこんなこともできないの?

やろうともしないの?

やる気がないの?

なんで?ねえ!

…って言われても、そんなに矢継ぎ早にあれこれ指示され、責められたら、反発するか、黙るしかできないです…。

だって、お母さんのほうが語彙力があるし、頭の回転も速い。

子どもは親にガンガン言われたら、それを脳内で処理するだけで大変です。

さらに言い返すこともできないのか、なんて言われたら、もう逃げ場もなくって、心を閉ざすしかなくなりますよ…」

 

ああ、こんなことを言ったら、親御さんだってしんどいだろうに。苦しいだろうに。

わかっていながらも、どうかわかってあげてほしい。息子さんは、できないわけじゃないんだってことを、わかってあげてほしい。かかわり方さえ変われば、伸びるはずだから…お母さんに嫌われてしまう覚悟で、伝えていこう…と、私は毎日胃をキリキリさせながら、伝えていました。

 

そしてすこしずつ、親御さんに変化がうまれます。

「指示するのをやめてみたんです。どうせやらないんだろうな、と思って、もういいやと思って。

…そしたら、なんと、片付けしたんです…!

先生が先日、『このタイミングでこれを言っても、響かないだろうから、言わないほうがいいですよ』と教えてくださった意味がようやくわかりました…」

 

「今日は息子と衝突しませんでした!なんとママだいすき!までいただきました!!!(いままでし〇!ばかり言われてたのに!)」

…と、親御さんが少しずつ対応をかえ、お子さんに変化がうまれ、手ごたえを感じだしました。

 

このお子さんは、息切れしていただけでした。

あの日を境に、彼は少しずつ学校に行けなくなっていることを気にしだすようになり(3週間ほどお休みしていました)、笑うようになり、そしていつか、また学校に戻りました。

 

でも、ここが重要です。

復学したことが成功なのではくって、母と子が「出会い直した」ことこそが、最大の変化なんだと思っています。

 

ADHD「ぽさ」(ペガサスタイプ)

関係によって変わる「ゆらぎ」

 

私は公認心理師ですが、診断と数字だけでは見えないものをずっと見てきました。

同じ特性でも、関係性が安全である家庭では、症状は弱まる。

逆に、不安と緊張の中では、症状は強く出る。

だからこそ、私は「ぽさ」という言葉を大切にしています。

 

ADHDの脳の特徴

・注意のコントロールが苦手

・感情のアクセルが強く、ブレーキが弱い

・刺激が必要で飽きやすい

・否定に敏感で、傷つきやすい

・ルールや制限が続くと息切れする

 

「学校」が負荷になりやすい理由

・規律、制限、静寂、同調が中心の環境

・集団生活で比較され続ける

・行動が目立つと責められる

・誤解されると居場所がない

 

こういった子たちが学校に行かない選択をするとき、逃避ではなく「防御・防衛」のためである場合があります。

心を守るための「最後の手段」ともいえるのかもしれません。

 

親子会話が「ぽさ」を悪化させることもある

言葉の暴力性

グレーゾーンの子は環境の影響を強く受けるため、親の何気ない言葉が子どもを追い詰めることがあります。

 

子どもを追い詰める言葉

「頑張ればできる」

「みんなできてる」

「やればできる」

「甘えないで」

「行かないとダメ」

この言葉は、意欲を育てるのではなく、自己否定を強めてしまうことがあります。

 

安全基地をつくる言葉

逆に、次のような言葉は子どもに安心を与えます。

「あなたにとってそれは、大変な作業だよね。でもやりきれたんだ」

「叱られたとき、いやだったよね。でも最後まで聞けたんだね」

「がんばったね。立派だよ」

安全基地ができると、子どもは自然に動き出します。

 

親ができることは、「ぽさ」のつらさ、大変さを「理解する」ことだと、私は思っています。

 

不登校・母子登校の親が抱える孤独

「うちだけが取り残されている気がします」

夜、子どもが眠ったあと。

食器を洗いながら、声を押し殺して泣いたことはありませんか?

SNSを見て、「再登校できました」「母子登校卒業しました」そんな投稿に胸が締めつけられたことはありませんか?

行政は優しい言葉をくれる。

学校は励ましてくれる。

医療は診断名をくれる。

でも、本当に欲しいのは「ひとりじゃないよ」かもしれません。

 

不登校が長期化する中で、子どもは幼くなっていく気がして、「自分の人生はどこへいったのか」と感じ、家族の形がゆっくり崩れていくようで。

綺麗ごとを言ってほしいわけではなく、まずは悲しみを一緒に抱えてくれる人が必要で。

「わかるよ」

という言葉を、表面的ではなく、深く理解したうえで、言ってほしい。そう思われたこともあるのではないでしょうか。

 

「このままで大丈夫なんでしょうか」

不登校が始まった日から、あなたの頭の中にはずっと同じ問いが回り続けているはずです。

 

将来どうなるんだろう

高校は行けるのか

就職はできるのか

一生このままなんじゃないか

私のせいなんじゃないか

行政は「様子を見ましょう」と言うけれど、様子なんて、もうずっと見続けてきた。

 

学校は「できることから少しずつ」と言うけれど、その少しずつのためにあなたはもうボロボロ。

医療は「薬を続けましょう」「様子をみましょう」と言う。

 

…本当に?聞こえのいいことを言って、責任逃れしていない?

子育ての責任をおうのはわたし。親。

そんな私に、その場しのぎの言葉を言っているだけでは…?と…。

 

なぜ「今どんな気持ち?」がデリカシーがないと言われるのか

親御さんがお子さんに、子どもの気持ちを理解しようとして、

「今どんな気持ち?」と聞かれることがあるんですが、この質問は子どもを追い詰めることがあります。

 

理由は3つで、

① その質問が尋問のように聞こえるから

不登校の子は、すでに学校や周囲から「どうして行かないの」「原因は?」「いつ行くの?」と問い詰められ続けています。

そこにまた「今どんな気持ち?」と来たら、また説明しないといけないのか…なにか言わないといけないのか…どうせ、途中で遮られて「でも」「じゃあさ」「こうしたら」と言われるにちがいない…と感じてしまうことがあります。

 

② 感情を言葉にする力が落ちていることが多いから

不登校や母子登校の状態にある子どもは、「自分の気持ちがわからない」状態になっていることがよくあります。

そんなときに感情を聞かれると、

「わかんない」

「別に」

としか言えず、言えない自分に自己嫌悪が増したり、親の「なにそれ」みたいな反応に傷ついてしまうことがあります。

 

③ その質問の本当の意図が伝わらないから

親が「理解したい」という善意で言っているつもりでも、子どもには、

「言わされている」

「答えを求められている」

そう聞こえてしまうことがあります。

 

では、どうしたらいいのか?どうすれば、子どもの本音を引き出せるのか?というと…

① まずは事実だけを共有する

「最近、朝起きるとしんどそうだよね」

 

② 気持ちを推測して寄り添う

「がんばりたい気持ちはあるのに、体がついてこない感じなのかな」

(ただし、これは観察ありきです。的外れなことをいうと一気に心を閉ざされてしまうことがあるので注意が必要です)

 

③ 答えを求めない一言で結ぶ

「ただ一緒にいたいだけだから、答えなくていいよ」

 

たとえば、このようなかかわりだと、「答えなきゃ」ではなく「話してもいいかも」に変わるかもしれません。

 

「味方だよ」が逆効果になる理由

関係修復の順番

親が焦って「私は味方だよ」と伝えようとすることがあります。

でも、そういう状態の子に「味方だよ」なんて言ったら、逆効果になる可能性のほうが高い…ということを考えたことはあるでしょうか。

 

「味方なら、なんで今まで守ってくれなかったの?」

「急がなくていいって、急がせてきたのは誰?」

「ひとりにしないって、ずっとひとりだったよ?」

 

…というようなことを、子どもは考えてしまうかもしれないからです。

 

これは、親が悪い!と責めたいという話ではなく、子ども側の「傷の防衛反応」がそう言わせるということを知っておいていただきたいということです。

 

恨みや怒りの裏には「期待」と「失望」がある

先ほど例に挙げたような「怒り」の言葉の奥にあるのは、本当は「分かってほしかった」「聞いてほしかった」のにかなわなかったことへの恨みだったりします。

よく、産後の恨みは…なんて言いますが、「助けてほしい時に助けてくれなかった」「支えてほしいときに支えてくれなかった」というのは、根に持ち続けます。それと同じです。

 

ただ、「じゃあ、もうあかんやんか…」とは思わないでください。

夫婦関係では冷めきってしまったなんていう話も聞くことはあるんですが、親子関係は違います。

 

完全に諦めきっている人は、怒りません。

怒れるということは、まだ親を必要としている証拠と考えることができます・

 

でも、そこにいきなり優しい言葉を入れると、過去の色んな感情が刺激されすぎて「痛み」が爆発します。

「うっせーな!」と大反発が帰ってくるかもしれません。

優しい言葉は関係ができてからじゃないと伝わらないことを知っておいてください。

 

では、最初はどう関わるべきか?

焦って関係修復しようとすると、空振りします。

最初のステップで重要なのは、実は「言葉をかけすぎない」ことです。

 

✗「味方だよ」

✗「話したくなったらいつでも言ってね」

→ 子どもからすれば、距離を詰められて怖い

 

◎「そっか」「そう思ったんだね」

◎「なるほどね」

→ 評価も助言も解釈もしない。受け止めるだけ

 

◎「今は答えなくていいよ」

→ 自由と尊重を渡す言葉

 

もっと言えば、

① 安心

親の態度の変化を行動で静かに示す(話題を広げない、無理に話しかけない など)

 

② 中立

努力も否定もしない、フラットな接し方(「そっか」「なるほど」で終える)

 

③ 信頼の再構築

子どもの行動に介入せず、決定権を渡す(「どうしたい?」「こういうのがあるけど、どれがいいかな」など)

 

④ 本音の対話

ここで初めて感情のシェアが可能になる(共感や寄り添い、弱さの開示)

 

⑤ 支え合いへ

 

中2の男の子のケース

母に対して強い怒りと拒絶

学校に行かなくなって1か月。

お母さんが優しい言葉をかけても「うるせえ」「死ね」で終わっていました。何なら、部屋に閉じこもって昼夜逆転状態でした。

そんなご家庭へのアドバイスとして私が言ったのは、「あれこれ構おうとすると逆効果なので、距離感を大事にしてください」ということでした。

 

ただ毎日、静かにごはんを作り、声をかけるだけ。

「ごはんよ」「おふろわいたよ」「おはよう」「おやすみ」

それだけです。

 

3週間後、子どもがぽつりと…

「なんで、何も言わないの」と言いました。

お母さんは「いまは、聞くだけにしようと思って」と返しました。

お子さんは「え?」という顔をしていたそうです。でも、なんだかうれしそうでもあったそうです。

 

そこから、少しずつ関係がほどけ、半年後にはその子は学校に毎日通うようになっていきました。

後になって息子さんは、「お母さんはずっと敵だったのに味方になった」と言ったそうです。

 

「四季」みる、心の変化

不登校や母子登校の親子関係には、四季のような循環があるといえるのかもしれません。

 

春:ことばが芽吹く季節

やわらかい対話が生まれる

本音を言っても壊れないという安心ができる

親も子も未来を語れるようになる

 

夏:怒り・恨み・反発の季節

子どもは怒りを通して「自分」を取り戻そうとする

親は拒絶され、無力さや敗北感を味わう

ときに暴言、無視、破壊的行動が起こる

怒りは、「愛されたい」という願いの裏返し

「どうしてわかってくれなかったの?」

「苦しかったんだよ」

夏は、抑えていた感情が噴き出す。

 

秋:諦め・静けさの季節

反発が落ち着き、沈黙が増える

自分の気持ちさえ分からなくなる

無気力、引きこもり、閉じこもるような時期

外から見ると「落ち着いた」と見えるかもしれないけれど、内側では、まだ激しい揺れが続いている。

「言っても無駄じゃない?」

「もう傷つきたくない」

秋は、心が冬に向かう準備期間。

 

冬:凍りついたように見える沈黙の季節

変化が止まったように感じる

何をしても響かないように思える

支援も言葉も届かないように感じて絶望する時期

でも、冬の木は死んでいるわけじゃなく、地上では何も動いていないように見えて、根は深く伸びています。焦らず水を待つ。

冬とは、安心が育つのを待つ季節。

 

そして、春へ:意味と関係の再構築

冬を越えたとき、ようやく春が訪れる。

小さな対話が戻る

「ありがとう」「ごめん」が言えるようになる

親子の時間がふたたび動き出す

 

春は、急に来るわけではなく、夏と秋と冬の積み重ねが連れてくる季節ということを気づく。

こうやって、コツコツ積み重ねていくことで、親子の関係性は作られていく、と私は考えます。

 

「声が届きにくい季節」とは?

人は、一年中同じ心の状態で生きているわけではありません。

季節に春夏秋冬があるように、親子関係にも、対話の季節があります。

その中のひとつが、声が届きにくい季節です。

 

どういう状態のこと?

① 子ども側の季節

気持ちを言葉にする力が不足している

何がつらいか自分でも整理できていない

自分を守るために「黙る」「閉じる」「逃げる」を選んでいる

感情が大きすぎて、外に出そうとすると破裂しそう

そんな状態のとき、子どもは聞こえていないのではなく、受け止める余裕がない。

耳を塞いでいるのではなく、容量がいっぱいで、受信できないだけ。

 

② 親側の季節

親もまた、「声が届きにくい季節」を迎えます。

自責と不安で心がいっぱいになる

何を言っても否定されているように感じてしまう

余裕がなくて、いつもピリピリしてしまう

「正しくしなきゃ」「失敗できない」と力が入りすぎる

すると、子どもの声も届きにくくなる。

聞いているはずなのに聞こえない、言葉は交わしているのに心が触れ合わない。

 

お互い苦しくて、言葉にできず、こじれてしまう。

怖くて話せない。

不安になる。

「受け入れてもらえるか」の不安があるほど、すれ違いも深くなっていきます。

 

花は、冬の間に根をのばす

冬の木は、死んでいるように見えるけれど、本当は根を深く伸ばしています。

声が届きにくい季節も、それと同じで、

何も進んでいないように見える時期こそ、外側の成果がみえない時期こそ、内側では成長が起きていますよね。

親子の関係だってそうです。

言葉が届かない季節は、心の根を伸ばす季節です。

今伝えてすぐに伝わらなくても、いつかは伝わるかも、と思ってかかわることが大事で、「もういいや」と投げ出してしまったら、本当はあともう1回伝えたら伝わっていたかもしれない言葉が伝わらないまま終わってしまうかもしれません。

あとになって振り返ると、「あの冬があったからこそ、今がある」と思う瞬間が必ず来ます。

対話がなくなった。会話すらできない。

 

言葉が届かない時期は、

説得しようとする

効果的な言い方を追求する

正解を探して焦る

 

のではなく、

 

せめて敵にならない

気持ちは揺れても、態度は安定させる

これを意識されてみることをお勧めしたいです。

 

まとめ

理解されると、人は変わります。

理解されないと、止まります。

 

「このこは落ち着きがない、やる気がない」と思わず、「どうしてこんなに焦るの?」「どうしてやる気がないように見えてしまうんだろう」ということをかんがえ、観察してみていただきたいです。

私はこの支援をしていて、親御さんにはよく、「うちの子の心のなかを代弁してくださっているような気がします」「子どもの言いたいことを通訳してくださってありがとうございます」と言われるのですが、これは第三者だからこそ冷静に状況を見て言えることでもあります。

やっぱり毎日わが子とやりとりしているので、どうしても冷静でいられない・主観が強くなりすぎることがあると思います。

 

でも、「うちの子が問題行動を起こすのは、ただ息切れしていただけかも。ただわかってほしかったのかも」という視点をもってみていただけると、うまくいくこともあるのかもしれません。

 

親になった瞬間から、誰も取扱説明書なんてくれません。

毎日迷って、悩んで、泣いて、怒って、後悔して、それでも明日もお子さんと向き合う。

そんなあなたを、私はすごいと思う。

子どもは、完璧な親を求めているんじゃなくて、自分を見つめてくれる誰かを求めている。

そして、親もまたそうなんだろうと思います。

 

もし、いつかあなたが「ひとりじゃ抱えきれない」と感じたとき、そっと立ち寄れる場所がどこかにあったらいいなと私は願っています。

声にならない声でもいい。

黙ったままの沈黙でもいい。

言葉の形になる前の、まだぬくもりのある何かを、そのまま置いていける場所。

わたしは、そんな場所をつくりたいのだと思います。

 

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。

この文章が、今日のあなたの心に、ほんのすこしだけあたたかい灯りをともせたなら、それ以上に願うことはありません。

また次回のブログもお読みいただけると嬉しいです!

まいどん先生(公認心理師)

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