― 行ける日と行けない日を行き来しながら、調整している状態 ―
この記事では、 不登校や五月雨登校の背景を 「状態という視点」から整理しています。 原因を一つに決めるのではなく、 いま起きていることを 地図の一地点として捉えるための記事です。
① この状態を、どう捉えるか
五月雨登校とは、
学校に 行ける日と行けない日が混在している状態 を指します。
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数日は登校できる
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ある日を境に、急に行けなくなる
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行けたと思ったら、また止まる
こうした揺れが続くと、
親も子も
「どういう状態なのかわからない」
という不安を抱えやすくなります。
五月雨登校は、
意志が不安定だから起きているのではありません。
多くの場合、
負荷を受け取りながら、
自分なりのペースを探している途中の状態です。
② よくある誤解
五月雨登校に対して、
こんな受け取られ方をすることがあります。
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「甘えているのでは?」
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「本当は行けるのに、行かない日がある」
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「このままずるずる完全不登校になるのでは?」
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「親の対応が一貫していないから?」
ですが、
行ける日があるからこそ、
行けない日のしんどさが表に出ている
という見方もできます。
揺れは、後退ではありません。
③ この状態があらわれやすい背景
五月雨登校が見られるとき、
次のような条件が重なっていることがあります。
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行ける日は、相当なエネルギーを使っている
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学校に「安心」と「負荷」が混在している
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体調や気力に波がある
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周囲の期待と、自分の限界の間で揺れている
つまり、
まだ学校と関わりたい気持ちがある一方で、
無理もできなくなっている
そんな状態です。
④ 家庭で起きやすいすれ違い
五月雨登校が続くと、
家庭ではこんなすれ違いが起きがちです。
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行けた日は安心し、行けない日は落胆する
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「昨日は行けたよね?」と言ってしまう
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登校できた日を基準に考えてしまう
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親の気持ちが日ごとに揺れる
その結果、
子どもは
行けない自分を責めたり、
親をがっかりさせる不安を
抱えやすくなります。
⑤ 他の状態・困りごととのつながり
五月雨登校は、
単独で起きるよりも、
他の状態や困りごとと重なっていることが多い状態です。
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登校しぶり
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校門タッチ登校
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保健室登校・別室登校
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朝起きられない
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学校が怖い
日によって、
「行ける条件」と
「止まる条件」が
入れ替わっているとも言えます。
⑥ 見直すと楽になる視点
五月雨登校のとき、
見直したいのは
「安定させること」そのものではありません。
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行けた日と行けなかった日で、何が違ったか
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行けた日に、どれだけ無理をしていなかったか
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止まった日は、何を回復しようとしていたか
揺れは、調整の一部です。
揺れをなくそうとするより、
揺れが起きている意味を
静かに見ていくことが大切です。
⑦ すぐに判断しなくていいこと
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「このままどうなるか」を決めなくていい
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安定しない=悪化、ではない
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今すぐ方向性を固めなくていい
五月雨登校は、
進んでいるのか、止まっているのか
判断しにくい状態だからこそ、
焦りが生まれやすい状態でもあります。
⑧ 関連する視点
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不登校の「状態」から考える
(登校しぶり/校門タッチ登校/完全不登校 など) -
困りごとから考える
(朝起きられない/学校が怖い) -
特性・気質と、親・家族の背景から読み解く
(不安の強さ/がんばり続けてきた背景)
最後に
五月雨登校は、
中途半端な状態でも、
失敗でもありません。
行ける日と行けない日を行き来しながら、
自分を壊さない形を探している状態です。
このページが、
揺れを「問題」として見るのではなく、
調整のプロセスとして理解するための手がかり
になればと思います。
ここで扱った視点は、全体の一部です。
他の視点も含めていまの状態を整理したい方は、こちらのページをご覧ください。