
子供の笑い声にイラッとする。「学校休んでYouTube見てんじゃねえよ」と思ってしまう夜。
昼下がり。
あなたはパートから帰ってきたり、在宅ワークの合間にリビングに行ったりする。
そこで目にする光景。
学校を休んだ我が子が、パジャマ姿のままスマホやタブレットにかじりついている。
そして、あろうことか、
「アハハハ! 」
と、大きな声で笑っている。
その瞬間。
心配していた気持ちが、一気に冷めて、どす黒い怒りに変わる。
「は?」
「お母さんは、こんなに心配して、胃を痛めて、頭を下げて回ってるのに」
「なんであんたが笑ってんの?」
「そんなに元気なら、学校行けよ!」
不登校の親御さんが、最も自己嫌悪に陥るのがこの瞬間です。
我が子の笑顔は、本来なら一番嬉しいはずのもの。
それなのに、その笑顔を見ると、虫唾が走る。憎らしくなる。
「仮病なんじゃないか」
「私を馬鹿にしてるんじゃないか」
「このまま一生、楽して生きていく気か」
そう疑ってしまう自分が、最低な人間に思えて、夜中に一人で泣く。
大丈夫です。あなたのその感情は、とてもとても人間らしい。
人間なのだから、そういう感情になるのが普通なんです。自分を責めないでください。むしろ開き直ってほしいです。
あなたがその笑い声にイラつくのは、それだけあなたが、「不公平」を感じているからかもしれないです。
そして、こういったときの、子どもの笑い声の「本当の意味」を知らないからなのかもしれません。
そのYouTubeは「娯楽」ではなく「麻酔」だ
まず、お子さんがYouTubeを見て笑っている時…。
彼らは「楽しんでいる」のではなく「痛み止め(麻酔)」を打っている場合があります。
想像してみてください。
彼らの心の中には、常に「学校に行けない自分=ダメな人間」という、強い自己否定の嵐が吹き荒れています。
シラフでいたら、その罪悪感と将来への不安で心が押しつぶされて発狂してしまう。
だから、ゲームや動画という刺激の強いコンテンツに没入することで、「現実の嫌なこと(学校、勉強、親の視線)」を、一時的に忘れようとしている場合があります。
あの笑い声は、心からの喜びではありません。
「ああ、今だけは考えなくて済む」という、逃避の安堵の声なのかもしれません。
戦場で傷ついた兵士が、モルヒネを打って「痛くない、ハハハ」と笑っているのと同じかもしれません。
それを見て、「お前、怪我してるとか嘘だろ。元気じゃねえか」と松葉杖を取り上げたらどうなるでしょうか?
あなたがスマホを取り上げようとすると、彼らが必死で抵抗し、暴れるのはそのためなのかもしれません。
彼らにとってそれは、おもちゃではなく、命綱(精神安定剤)だからです。
「私が苦しんでいるのに」という気持ち
もう一つ、あなたがイラつく原因があります。
それは、「私だけが割を食っている」という不公平感です。
お母さんは、子供が休むと仕事の調整をし、昼食を作り、先生に頭を下げます。
「マイナス」ばかり背負わされています。
なのに、当事者である子供は、家で寝転がって「プラス(快楽)」を享受しているように見える。
「ふざけんな、代われよ!」
「私だって仕事休んでYouTube見てたいよ!」
そう思うのは、人間として当たり前の反応です。
聖母マリアじゃないんですから、理不尽な状況に腹が立つのは当然です。
だから、イラッとしたら、心の中で
「あーあ、いいご身分ですねー」「私の苦労も知らないで、気楽なもんだ」
そうやって毒づいていいんです。無理に、ポジティブな物事の捉え方をしよう!としないでください。
それをやっていると、そのうち乖離して、心が崩壊します。お勧めしません。
無理に「子供が笑っていて嬉しい」なんて、嘘の感情を上書きしないでください。
麻酔が切れた時の顔
でも、一つだけ観察してほしいことがあります。
それは、スマホを置いた瞬間、YouTubeが終わった瞬間の、お子さんの顔です。
さっきまで笑っていたのに、急に能面のように無表情になりませんか?
あるいは、ドッと疲れたように、ため息をつきませんか?
それが、彼らの「素の顔」です。
麻酔が切れて、また現実の痛みが襲ってきている顔だと思ってみてみてください。
彼らもまた、地獄にいます。
「楽しそうにサボっている」わけではありません。
「楽しそうにしていないと、自分が保てない」のかもしれません。
笑い声は「生存確認」
もし、家の中から笑い声すら消えてしまったら、こころが沈み込み、抑うつ感がある状態である場合もあります。(もちろんケースによりますが)
だから、今のところは、「ああ、まだ笑うエネルギーは残っているんだな」「麻酔を使って、なんとか命を繋いでいるんだな」
と、「生存確認」として聞き流してあげるのも手かもしれません。
イラッとしてもいいし、「うるさいな」とドアを閉めてもいい。
でも、「元気なら学校に行け」といきなり麻酔を取り上げるのだけは、どうか踏みとどまってみてほしいと私は思います。
もちろん、現実逃避できるものがあるから、自分と向き合えねーんだろ!という意見もあるはずです。
だからって、これじゃあアルコール依存症患者にアルコールを差し出すのと一緒じゃねーか!という意見もあるはずです。
これについては確かにそういう視点もあります。
心理学には、イネイブリング・イレイブラーという言葉があります。
アルコール依存症者が飲み続けることを可能にする(周囲の人の)行為を「イネイブリング」、それをしてしまう人のことを「イネイブラー」と言います。
たとえば二日酔いで朝起きてこない本人に代わって会社に電話を入れる、サラ金の借金を返してあげるなど、周囲がよかれと思ってすることがイネイブリングになりがちです。
参考:https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_alcohol_sub2.html
この考えで言えば、確かにイネイブラー的になってしまうかもしれません。
学校に通うという義務を果たしてもいないのに、楽しいことばかり。権利ばかり主張しやがって!なんだよくそ!
動画は悪だ!ゲームも悪だ!!
…と思いたい気持ちもよくわかります。もちろん、ゲームや動画などを一時的に制限をかけたほうがうまくいくケースもありますし、私の支援ではそういった取り組みを全く採用しないかと言えば、答えはNOです。
ただ、解釈学や家族療法などの観点で状況を・ご家庭をじっくり観察・分析していくと、「スマホやゲームを取り上げることよりも先にやらなあかんことがあるね」となることが多いです。その「やらなあかんこと」もご家庭によって様々ですが、例えば、
そもそも家庭内でルールを取り決めることがなくて、話の流れで出た話を親が勝手に家庭のルールだと認識してしまっていたり、
その流れでちゃんとした取り決めをしていないのに子供に「いつまでやってるの‼約束でしょ!」ということがこれまで多かったり、
ルールを守らず親も呆れたりあきらめてなあなあになりやすかった歴史があったり、
お父さんがめちゃくちゃ厳しくて過去に虐待めいたやりとりがあったり・今もなお子どもへの否定・批判が強いケースだったり、
ご両親ともに過保護過干渉で子どもに我慢させることをさせてきていなかったり、
対話が圧倒的にたりないご家庭だったり、
論理が飛躍しすぎて会話にもなっていないご家庭だったり、
…とにかく、いろんなパターンがあるのですが、例えば会話に課題があるご家庭の場合、そもそもコミュニケーションがちゃんとできていない中で、いきなりスマホなどを取り上げるのはリスクが高すぎるということです。
そして、できれば取り上げるより、ちゃんと話し合って制限をかけたほうがうまくいくことも結構あります。
いきなり極端な態度をとると、最悪家族の誰かがけがをするので、慎重にご判断されることをお勧めしたいなと思いますし、実際支援の場では、このあたりは丁寧に分析しながら、アドバイスを差し上げています。
それでは、今回はこれで終わりたいと思います。
さいごまでお読みいただきありがとうございました。また次回のブログもお読みいただけると嬉しいです!
まいどん先生(公認心理師)
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