
敏感な子が学校に行けない理由|「普通」から外れるのが怖いお母さんへ
ブログをお読みいただきありがとうございます!公認心理師のやましたです。
今回は、繊細な子・敏感な子をテーマに記事を書いてみたいと思います。
教室に入れない我が子、ざわつくお母さんの心
朝、学校のチャイムが遠くで鳴る。
その音を聞いた瞬間、お子さんの体が強張るのを、繋いだ手のひらから感じませんか?
「うるさい音が怖い」
「教室の匂いが気持ち悪い」
「先生の怒鳴り声を聞くと、自分が怒られているみたいで苦しい」
そんな理由で学校に行き渋る我が子を見て、あなたの心には、心配と共に、黒い「焦り」が渦巻いていないでしょうか。
「みんな我慢して行ってるんだから、あなたも頑張りなさい」
「そんなに弱くてどうするの? 社会に出たらもっと大変よ」
喉まで出かかったその言葉を、必死で飲み込む毎日。
他の子は当たり前のようにランドセルを背負って歩いていくのに、なぜうちの子だけ、こんなにも「普通」ができないのだろう。
なぜ、こんなにも「敏感」で「脆い」のだろう。
もし、あなたが今、お子さんのその姿を見て、胸が張り裂けそうな不安や、行き場のない苛立ちを感じているなら。
そして、「私がもっと強く育てなきゃ」と自分を責めているなら。
どうか、少しだけ肩の力を抜いて、この記事を読んでみていただきたいです。
これは、お子さんの「直し方」を書いたものではありません。
これは、「普通」という呪縛の中で、ずっと息を潜めて頑張ってきた、あなたに向けたおはなしです。
「ワガママ」なのではありません
感覚のアンテナが強すぎて情報過多になる
まず、お子さんの名誉のために、最初にお伝えしておきたいことがあります。
「音がうるさい」「空気が重い」といって動けなくなるお子さん。
彼らは、決して「ワガママ」でも「甘え」でもありません。
「非常に感度の高いアンテナ」を持った子である可能性があります。
想像してみてください。
あなたは、工事現場の騒音の中で、複雑な計算問題を解くことができますか?
香水の匂いが充満する満員電車の中で、何時間も笑顔でいられますか?
そういったお子さんにとっての「学校」とは、時にそのような過酷な環境です。
彼らのアンテナは、他人のちょっとした感情の揺れ、蛍光灯のチカチカする光、服のタグのチクチクする感触まで、すべてを「情報」として拾い上げてしまいます。
多くの人が「フィルター」をかけて無視できるものを、彼らはすべてダイレクトに受け取ってしまう。だから、すぐに容量オーバーになり、疲れて動けなくなってしまうのです。
これは「弱さ」ではありません。
微細な変化に気づけるという、素晴らしい才能です。
しかし、今の画一的な学校システムの中では、その才能が「扱いづらさ」として映ってしまうだけなんだと私は思います。
なぜ、あなたはそんなに「ザワザワ」するのか
「普通でいなければ愛されない」という内的ルール
ここからが、今日あなたにお伝えしたいことです。
お子さんが「辛い」と言ったとき。
「学校に行きたくない」と、レールから外れようとしたとき。
あなたの心臓が早鐘を打ち、言いようのない恐怖や怒りが湧いてくるのは、なぜでしょうか。
「将来が心配だから」
もちろん、それもあるでしょう。
でも、もっと深い場所、あなたの記憶の奥底を探ってみてください。
あなたは、子供の頃、こんな風に思って生きてきませんでしたか?
「いい子にしていないと、愛してもらえない」
「テストでいい点を取らないと、居場所がない」
「親を困らせるようなワガママは、言ってはいけない」
もし、ご兄弟と比較されたり、成績や成果でのみ評価される環境で育ってこられたのなら、あなたは生き延びるために、必死で鎧を身につけてきたはずです。
「普通」であること。「優秀」であること。「迷惑をかけない」こと。
そうやって、自分の「辛い」や「嫌だ」という感情を押し殺し、親や社会が求める「正解」に合わせて、自分を削って生きてきたのではないでしょうか。
そんなふうに、歯を食いしばって「適応」してきたあなたにとって。
目の前で「嫌だ!」と叫び、「普通」のレールから降りようとする我が子の姿は、あまりにも衝撃的すぎるんだと思います。
子ども時代のあなたが、叫んでいるのです。
「ズルい! 私はそんなこと許されなかったのに!」
「私はこんなに我慢して『普通』を演じてきたのに、なんであなたは平気ではみ出すの?」
「そんなことをしたら、見捨てられるよ! 攻撃されるよ! やめて!」
お子さんへのイライラや不安の正体。
それは、お子さんが悪いわけでも、あなたが冷たい人間だからでもありません。
かつてあなたが封印し、置き去りにしてきた「ありのままの自分」が、目の前のお子さんを通して暴れ出している痛みなのかもしれません。
「非本来的な生き方」からの脱出
世間の期待に合わせすぎると起こること
哲学者のハイデッガーは、私たちが「世間」や「常識」といった他者の顔色を伺い、平均的に生きる在り方を「世人(ダス・マン)」と呼びました。
「みんながそうするから、そうする」「それが常識だから、そうする」。
これは、波風を立てずに生きるための処世術ですが、ハイデッガーはそれを「非本来的な生き方」だと言います。
あなたは今まで、この「世人」の仮面を被ることで、自分を守ってきました。
それは、あなたが悪いわけではありません。そうしなければ生きられなかった、過酷な環境があったからです。あなたは、本当によく頑張ってきました。
でも、あなたのお子さんを見てください。
彼らは今、その「世人」の仮面を被ることを、全身全霊で拒否しています。
「みんなと同じ」になるために自分の感覚を麻痺させるくらいなら、「不登校」というレッテルを貼られてもいいから、「自分自身」であり続けたいと、命がけで抵抗しているのです。
彼らは、炭鉱のカナリアのような存在です。
彼らは、社会や学校、そして家庭の中に漂う「無理」や「嘘」や「抑圧」を、誰よりも早く感知します。
お子さんが学校に行けないのは、お子さんが弱いからではありません。
「エンジニアリング」から「ブリコラージュ」へ
エンジニアリング型子育ての限界
では、どうすればいいのでしょうか。
焦って、お子さんを「普通」の枠にはめ込もうとするのは、もうやめましょう。
それは、設計図通りに製品を作ろうとする「エンジニアリング」的な子育てです。お子さんを無理やり型にはめようとすれば、その繊細な心は壊れてしまいます。
これからは、「ブリコラージュ」の子育てを始めませんか?
ブリコラージュとは、「ありあわせの材料で、新しい価値を創造する」こと。
「学校に行けない」なら、家で何ができるだろう?
「集団が苦手」なら、一対一で深く学べる場所はないかな?
「感覚が鋭い」なら、それを活かせる芸術や創作の世界はどうだろう?
「普通」という設計図を捨てて、目の前にあるお子さんの個性、そしてあなた自身の「本当の気持ち」という材料を使って、世界に一つだけの親子のカタチを手作りしていくのです。
お子さんが「できない」ことは、恥ずかしいことではありません。
それは、「そっちの道じゃないよ」「ぼく・わたしには合っていないよ」というサインなだけなのかもしれません。
自分を許す旅の始まり
お子さんの「敏感さ」を受け入れることは、あなた自身の中にいる「傷ついた小さなあなた」を受け入れることです。
「辛かったね」
「無理してたんだね」
「もう、いい子じゃなくてもいいんだよ」
お子さんを抱きしめるとき、同時に、子ども時代のあなたも抱きしめてあげてください。
「普通」からはみ出すことを恐れないでください。
「普通」の枠の外には、あなたが今まで知らなかった、彩り豊かで、静かで、優しい世界が広がっています。
お子さんは、あなたを苦しめるために生まれてきたのではありません。
あなたを「普通」という呪いから解き放ち、あなたがあなた自身の人生を取り戻すために、神様が遣わしてくれた、小さな案内人なのかもしれません。
今日、学校に行けなかったとしても。
家で二人、笑い合えたなら、それで十分「花マル」なのかもしれません。
テストの点数なんて関係ない。
ただ、そこにいてくれるだけで愛おしい。
そう思えたとき、あなたの人生もまた、大きく変わり始めているはずです。
私は、そんなあなたの「自分を取り戻す旅」を、いつでも応援したいと思っています。
母子登校の本質を解説した記事はこちら👇
敏感な子どもの“安全基地”をつくる方法はこちら👇
それでは、今回はこれで終わりたいと思います。
さいごまでお読みいただきありがとうございました。また次回のブログもお読みいただけると嬉しいです!
まいどん先生(公認心理師)
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