【不登校の親のメンタル】「明日なんて来なければいいのに」

【不登校の親のメンタル】「明日なんて来なければいいのに」

夜が明けるのが、怖い。

カーテンの隙間から白々とした光が漏れ始めると、心臓が早鐘を打ち始める。

「また、朝が来てしまった」

多くの人にとって、朝は「始まり」の時間です。

「今日は何をしようか」「いい天気だな」と、新しい一日への希望を感じる時間かもしれません。

 

ですが…不登校のお子さんを持つ親御さんにとって、朝ほど残酷で、かつエネルギーを削り取られる時間はありません。

夜中、子どもが寝静まった時間だけが、唯一母親という重荷を下ろせている。

だからこそ、眠るのが怖い。眠ってしまえば、すぐに朝が来てしまうから。

「このまま時間が止まればいいのに」

「明日なんて来なければいいのに」

そう願いながら、短い眠りにつき、そして無情にも鳴り響くアラーム音で、現実に引き戻される。

母子登校や不登校で悩まれている親御さんの中には、こういったことに悩まれている方は少なくないのではないかと思います。

 

毎朝繰り返されるギャンブル

なぜ、これほどまでに朝が怖いのでしょうか。

今日はどうなるか分からない、ギャンブルのような時間だからかもしれません。

 

7時。アラームを止め、重い体を起こす。

階段を上がり、子どもの部屋の前まで行く足取りは重い。

ドアの前に立つ。

中は静まり返っている。

この一瞬、あなたの脳内では、天国と地獄のシミュレーションが高速で回転します。

(もしかしたら、今日は起きているかもしれない)

(「おはよう、行くよ」って制服に着替えているかもしれない)

そんな淡い期待が1%。

そして、

(やっぱり今日もダメか)

(布団を被って動かない背中を見るのか)

という諦めが99%。

ドアを開ける。

そこには、昨日と同じ、微動だにしない布団の塊がある。

あるいは、昼夜逆転してスマホを握りしめたまま気絶するように眠る我が子の姿がある。

その瞬間、あなたの心の中で何かが「プツン」と音を立てて切れ、

期待していた1%が裏切られたショックと、「やっぱりか」という徒労感。

「起きなさい」と声をかけるべきか、そっとしておくべきかという葛藤。

声をかけても、返ってくるのは「うるせえ!」「あっち行け!」という怒声か、あるいは完全な無視。

布団を剥ぎ取りたい衝動と、それをすれば暴れ出すという恐怖。

この数分の間に、あなたはジェットコースターのような感情の乱高下を経験し、一日のエネルギーのほとんどを使い果たします。

これを「朝のルーティン」と呼ぶには、あまりにも過酷すぎますよね。

 

窓の外から聞こえる「普通」という暴力

8時前後。窓の外からは、近所の子どもたちの登校する声が聞こえてきます。

ランドセルの揺れる音。

「行ってきます!」「早くしなさい!」という、よその家庭の当たり前の会話。

それが、あなたにとっては「お前はダメな親だ」と責め立てる声のようでもあり…。

 

「なんであの子は普通に行けるの?」

「なんでうちは、朝起きることすらできないの?」

 

道を歩く制服姿の子を見るだけで、吐き気を催す。

羨ましいを通り越して、「あの子も行けなくなればいいのに」と一瞬でも黒い感情を抱いてしまう自分が、惨めで、恐ろしくて、涙が出てくる。

そして訪れる、学校への欠席連絡。

最近はアプリで済む学校も増えましたが、それでも「欠席」のボタンを押す時の、指先に感じる鉛のような重さは変わりません。

電話連絡なら尚更です。

「体調不良で…」と嘘をつく罪悪感。

「またですか」という先生のため息が、受話器越しに聞こえるような気がする被害妄想。

始業のチャイムが鳴る頃には、フルマラソンを走り終えたかのように疲弊しきっている。

まだ一日が始まったばかりだというのに。

 

「トラウマ」になっている

専門家はよく言います。

「お母さんが朝から暗い顔をしていると、子どもも不安になります」

「笑顔で『おはよう』と言ってあげましょう」

…ふざけないでほしい、と思いますよね。

この状況で笑顔になれるなら、誰も苦労しません。

 

あなたが朝、動悸がしたり、イライラしたり、涙が出たりするのは、「条件反射(トラウマ反応)」です。パブロフの犬と同じです。

長期間にわたり、「朝=子どもが起きない=絶望」という強烈なストレス刺激を受け続けた結果、脳が「朝の光」や「アラーム音」を「生命の危機(敵の襲来)」と認識してしまっています。

だから、身体が震えるのも、吐き気がするのも、当然です。

 

「子どもを起こす」をいっそやめてみる

では、どうすればこの地獄から抜け出せるのでしょうか。

子どもの不登校が解決するまで、この苦しみは続くのでしょうか。

 

じつは、子どもが起きなくても、あなたの朝を救う方法があるかもしれません。

それは、「子どもを起こす」という役割を、あなたが降りることです。

「えっ、そんなことしたら一生起きないんじゃ…」

「学校に行かせるのは親の義務でしょ?」

そう思うかもしれません。

 

でも、考えてみてください。

あなたが毎朝、すり減らして起こし続けて、お子さんは学校に行くとは言わなかったし、

むしろ、あなたの鬼気迫るオーラを感じ取って、布団の中に逃げ込んでいるのかもしれません。

不登校の子にとってもまた、朝は「自分が社会から脱落していると突きつけられる時間」のようでもあるかもしれません。

彼らもまた、布団の中で「起きられない自分」を責め、苦しんでいます。

そこに、親の焦りと絶望が乗っかると、家の中の酸素濃度がゼロになります。

なので、一時的にあえて声をかけないというアプローチも一つあるということをお伝えしたいなと思います。

 

 

不登校は根っこから理由を探ってみる

わたしは、不登校のお子さんの朝対応の場合、親が行かせようとすればするほど泥沼化するケースをたくさん見てきました。

不登校になりたての頃というのは、だいたいのご家庭では衝突があります。

不登校になった背景というのはお子さんによって様々ですが、親が「とにかく行け!」と頭ごなしに言えば言うほど、どんどんこころを閉ざして話し合えなくなってしまったり、暴力性が出てきたり、自傷行為が出てくることもあります。

 

そこから、復学へと向かっていくご家庭の多くは、過去のやりとりを見直していき、関係性を修復し、「元のあの子に戻す・元気な状態に戻す」というよりも、「お互いにほどよい距離感」「新しいあの子らしい状態」を目指されていったという背景がありました。

例えば、親の管理・監視が多かったご家庭が不登校になり、一時的なアプローチでまた行けるようになっても、違う形でもめてしまうことは結構あることなんです。

わたしはかれこれ15年ほどこのような不登校支援をしていますが、追跡調査ではないですけれども、「無理な復学→高校になってうまくいかなくて…」と悩まれてわたしのもとにご相談いただくケースは少なくありません。

 

そういったケースを見ていくと、互いの関係性や過去の成功例のやりとりに執着せず、新しい関係性を築けたご家庭はうまくいき、過去の勝ちパターンにこだわるケースは後になってまた違うカタチで何かしらの事件がおきてしまいやすいなと思っています。

 

「正しい子育て」を手放してみる勇気

子どもが学校に行けなくなったとき、多くのお母さんは、同時に二つの苦しさを抱えます。

ひとつは、「この子はいま、どんな気持ちなんだろう」という不安。

もうひとつは、「私は、どう関わればいいのだろう」という迷い。

ネットで調べ、本を読み、専門家の言葉を集めて、それでもなお、正解が見つからない。

何をしても、間違っている気がする。寄り添っても、突き放しても、どこか苦しい。

そんな状態の中で、多くのお母さんが、静かにこう思い始めます。

「私が、何かを間違えているのではないか」「もっと正しい関わり方があるのではないか」

もしも、この出来事が、「どうすればうまくいくか」という問題ではなく、「いま、何が起きているのか」を別の角度から見直すための時間だとしたら。

 

私たちは、困ったことが起きると、すぐに「対処法」を探します。

それ自体は、とても自然なことです。子どもを守りたいからこそ、早く正しい道を見つけたくなる。でも、少しだけ立ち止まってみてください。

あなたは、「この子を、どう動かすか」を考えてはいなかったでしょうか。

・どう声をかければ、学校に行くか
・どう関われば、元気になるか
・どうすれば、この状態を終わらせられるか

そこには、悪意はありません。むしろ、深い愛があります。

けれど、その愛が、知らず知らずのうちに、「この子はいま、こうあるべき」「私は、こうしなければならない」という枠を、親子のあいだに作ってしまうことがあります。

すると、子どもは「今の自分」のままでそこに存在しにくくなり、お母さんは、「正しくあろうとする自分」から離れられなくなっていく。

苦しさは、そこから静かに積み重なっていきます。

MIKURUMIRUの支援で大切にしているのは、「正解を探すこと」ではありません。

それよりも、「いま、この家族の中で、何が起きているのか」「お母さんは、どんな役割を、ひとりで背負ってきたのか」を考えます。

行動の裏には、必ず理由があります。

学校に行かないことも、部屋にこもることも、荒れることも。

・怖さ
・疲れ
・期待に応え続けてきた重さ
・わかってもらえなかった経験

そうしたものに、子どもなりの形で応えているだけかもしれない。

もし、そこに

「どうして行けないの?」「何が嫌なの?」「どうしたら行けるの?」という問いだけを向け続けると、子どもは、「自分を説明できない自分」としてますます黙ってしまいます。

でも、問いを少しだけ変えると、見える景色も変わります。

「ここに来るまで、どんな頑張りを積み重ねてきたのだろう」と。

大切なのは、一度で何かを変えることではないとわたしは思います。

関係は、いつも揺れながら、行きつ戻りつしながら、少しずつ編み直されていきます。

昨日できたことが、今日はできない日もあるけれど、人の心は、一直線には進みません。そんなものです。

 

もうひとつ、大切なことがあります。

それは、

「自分の見方も、絶対ではないかもしれない」と心のどこかに残しておくこと。

子どもを思う気持ちが強いほど、私たちは、自分の理解を「正しさ」として抱きしめたくなります。

でも、人は、いつも限られた場所から世界を見ています。

だからこそ、「私の見ているこの子は、この子のすべてではないかもしれない」と思うようにしてみていただきたいです。

 

まとめ

子育ては、いつも「わからなさ」と一緒にあります。

わからないまま、それでも関わり続ける。

その中で、

・子どもの姿が少し違って見える日があったり
・自分の言葉がこれまでと違って出てきたり

そんな変化が、静かに起きていきます。

すぐには「うまくいった」という実感はないかもしれないけれど、まずはお子さんのことをじっくりと観察してみてください。

支援者をしていて、これだけは絶対に正しいといえるとこは、「分析をそこそこにして、お子さんをタイプ別でカテゴリーわけをするだけで対応をしたら失敗する」ということです。

根っこから体質改善するということをやっている身としては、劇薬だけでは実は長い目でみると遠回りになってしまうこともある。ということです。

もちろん、お子さんが通われている学校によっては欠席日数と進級の問題もあると思うのでそうは言っていられないケースもあるとは思うのですが、親御さんにお子さんの観察のしかたや分析の仕方をあらゆる角度からお伝えしている、ちょっと変わったカウンセラーのつぶやきブログでした。

 

 

それでは、今回はこれで終わりたいと思います。

さいごまでお読みいただきありがとうございました。また次回のブログもお読みいただけると嬉しいです!

まいどん先生(公認心理師)

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