
子どもの不登校を前に、母親だけが責任を背負い続けてしまうときに起きていること
子どもが不登校になると、母親はとても強く自分を責めやすくなります。
「私の育て方が悪かったのではないか」
「もっと早く気づいていれば違ったのではないか」
「私がこの子を傷つけてしまったのではないか」
「どう関わっても裏目に出る気がする」
「もう疲れた。でも休めない」
実際、不登校のご相談では、こうした言葉を本当によく伺います。
表向きは、子どもが学校に行けないことが問題のように見えます。
けれど実際には、その背後で、母親だけが強い責任感と緊張を抱え込み、家庭全体を何とか支えようとして、静かに消耗していることが少なくありません。
不登校で悩むおかあさんの多くは、ただ心配しているだけではありません。
朝から晩まで頭のどこかで子どものことを考え、学校とのやりとりに気を張り、夫婦の温度差にも悩み、きょうだいへの影響にも気を配りながら、最後には「でも結局、私のせいかもしれない」と自分に矢印を向けています。
この状態は、とても苦しいものです。
そして厄介なのは、周囲からはその苦しさが見えにくいことです。
「見守りましょう」
「お母さんがまず落ち着きましょう」
「受容してあげてください」
「今は休ませてあげれば大丈夫です」
もちろん、こうした言葉が間違っているとは思いません。
ただ、現実の支援場面では、こうした一般論だけでは届かないことが多いのです。
なぜなら、不登校で母親が自分を責める状態は、単に知識が足りないから起きているわけではないからです。
むしろ真面目で、責任感が強く、子どものことを一生懸命考えているお母さんほど、苦しくなりやすい。
今日は、そうしたお母さんに向けて、
なぜ不登校の場面で母親はここまで自分を責めてしまうのか、
そして、どういう視点を持つと少し見え方が変わるのかを書いてみたいと思います。
不登校になると、なぜ母親ばかりが苦しくなりやすいのか
不登校になると、子ども本人がつらいのはもちろんです。
けれど、家庭の中で日常的にその変化を受け止め続けるのは、多くの場合、母親です。
朝、起こすかどうか迷う。
体調を聞く。
顔色をうかがう。
今日は行けそうなのか、無理そうなのかを感じ取ろうとする。
学校に欠席連絡を入れる。
先生にどう伝えるか悩む。
子どもが家で荒れていれば受け止める。
家にいる時間が長くなれば食事や生活リズムも気にかける。
一方で、家事も仕事も他の家族のことも止まりません。
すると、母親の頭の中は、いつのまにか子どものことで埋まっていきます。
学校に行けないことそのものより、
「このままで大丈夫なのか」
「対応を間違っていないか」
「甘やかしているのではないか」
「逆に追い詰めているのではないか」
という不安が、ずっと続くのです。
しかも、不登校は白黒つかないことが多い。
今日は少し元気に見える。
でも明日はまた動けない。
家では笑っていたのに、翌朝になると崩れる。
学校の話をすると怒る。
何も言わなければ、このまま止まってしまう気もする。
この「どうしていいかわからない状態」が、母親を強く疲弊させます。
不登校の母親が疲れた、と感じるのは、単に忙しいからではありません。
正解のない中で、失敗できない感じを抱え続けるからです。
「私の育て方が悪かったのでは」と思ってしまうお母さんへ
不登校になると、多くの母親が一度は、
「私の育て方が悪かったのでは」
と考えます。
これは珍しいことではありません。
むしろかなり自然な反応です。
子どもに何か問題が起きたとき、親が自分の関わりを振り返るのは当然です。
ただ、その振り返りが行き過ぎると、何が起きても全部自分の責任のように感じられるようになります。
子どもが朝起きられない。
私が昨夜の声かけを間違えたのかもしれない。
子どもがイライラしている。
私がプレッシャーを与えたからかもしれない。
学校の話を嫌がる。
私が焦りすぎたのかもしれない。
夫がうまく関われない。
私の伝え方が悪いのかもしれない。
相談先でしっくりこない。
私の説明が下手だからかもしれない。
こうして、家庭の中で起きることのほとんどが、自分の未熟さのせいに思えてくることがあります。
でも、実際には、不登校はそんなに単純ではありません。
学校環境の負担、友人関係、先生との相性、発達特性、感覚過敏、疲れやすさ、完璧主義、失敗への恐れ、思春期の揺れ、家庭内の緊張、夫婦関係、本人の気質。
いろいろなものが重なって起きてきます。
それなのに、母親だけが「私の育て方が悪かった」と引き受けてしまう。
これは、冷静に見れば、かなり偏った責任の持ち方です。
ただし、ここで大事なのは、
「そんなふうに考えなくていいですよ」
と軽く言って済ませないことだと私は思っています。
なぜなら、その自責には、その人なりの歴史があるからです。
不登校の母親が自分を責めやすいのは、性格の問題だけではない
不登校の相談で、自分を責めやすいお母さんを見ていると、単なる性格以上のものを感じます。
もともと真面目。
責任感が強い。
人に迷惑をかけたくない。
場の空気を悪くしたくない。
相手の気持ちを考えすぎる。
何か問題が起きると、自分の非を先に探す。
こうした傾向を持つ方は少なくありません。
でも、それは単に「考え方の癖」と言って終わるほど浅いものではないことが多い。
もっと言えば、その人がこれまで関係の中で身につけてきた生き延び方であることがあります。
自分が我慢すれば丸く収まる。
自分が気をつければ相手は怒らない。
自分が悪いと思っておけば関係は壊れにくい。
本音を出すより、相手に合わせたほうが安全。
そうして生きてきた人は、子どもの不登校という大きな揺れに直面すると、昔からの反応が一気に強く出やすいのです。
だから、不登校で母親が自分を責める問題は、ただ「考えすぎですよ」で済ませてはいけません。
その人の中で何が起きているのかを、丁寧に見なければならないのです。
子どもの不登校は、「その子だけの問題」ではないことがある
私は、不登校のご相談を受けるとき、子どもだけを見ません。
母親だけも見ません。
父親だけも見ません。
家庭全体の関係を見ます。
なぜなら、不登校はしばしば、子ども一人の問題として起きていないからです。
たとえば、子どもが不安定になる。
母親は何とかしようと頑張る。
その頑張りが、子どもには圧として伝わる。
子どもはさらに荒れる。
母親は「やはり私が悪い」とさらに反省する。
父親はうまく入れず少し引く。
母親は孤立し、ますます子どもに意識が集中する。
こうした循環は、実際によくあります。
このとき、「母親が過干渉だから悪い」と言ってしまうのは雑です。
逆に「子どもが敏感だから仕方ない」とだけ言うのも浅い。
本当に見るべきなのは、家庭の中で何がどう循環しているのかです。
不登校の支援は、単に正しい声かけを探すことではありません。
家庭の中にできてしまった苦しい循環を見つけ、それを少しずつ変えていくことでもあります。
「見守る」ができず苦しい母親へ
不登校になると、よく言われるのが「見守りましょう」です。
けれど、多くのお母さんにとって、これは簡単なことではありません。
見守ると、このまま悪化する気がする。
声をかけると、追い詰めてしまう気がする。
放っておくと、昼夜逆転やゲーム依存が進む気がする。
かといって厳しくすると、親子関係が壊れそうな気がする。
つまり、お母さんはいつも板挟みです。
不登校の母親がしんどいのは、この板挟みの中で、何をしても間違っている気がすることです。
だから私は、安易に「見守ればいい」とは言いません。
見守るにも、見立てが必要だからです。
今は本当に刺激を減らすべき時期なのか。
それとも、親が引きすぎることでかえって不安定さが強まる時期なのか。
子どもの言葉をそのまま受け取るべきなのか、裏にある不安を見るべきなのか。
学校との接点は切らないほうがよいのか、一度整理したほうがよいのか。
こうしたことを見ないまま「見守り」と言っても、親御さんは動けません。
動けないどころか、「私は見守ることもできないダメな母親だ」と、さらに自分を責めてしまうことがあります。
不登校から動き出す家庭には、共通する変化がある
不登校の相談というと、多くの人は「どうしたら学校に戻れますか」と思うかもしれません。
もちろん、復学や再登校は大切なテーマです。
実際、教室復帰、別室登校、保健室登校、段階的な再接続へと動いていくケースもあります。
ただ、私が現場で感じるのは、動き始める家庭には共通する変化があるということです。
それは、親が魔法の言葉を覚えたからではありません。
子どもが急にやる気になったからでもありません。
多くの場合、先に起きるのは、家庭の中の見え方が変わることです。
母親が、「この子の反応を全部自分の責任として引き受けなくてもいい」と少し思えるようになる。
父親の役割が見え直される。
子どもが、家の中で問題としてだけ扱われなくなる。
親子の会話から、説得と交渉ばかりだった空気が少し抜ける。
こうした変化が起きると、止まっていたものが少しずつ動き始めることがあります。
私は、復学を焦って押し込む支援はあまりしません。
けれど、復学を諦める支援でもありません。
家庭の構造を見て、親子関係の張りつめを見て、どこから整えると外との接続が回復しやすいかを考えます。
その先に、結果として再登校や復学が現実味を帯びてくることがある。
私はそういう順番を大切にしています。
私の支援で大事にしていること
私は、不登校で悩むお母さんに、ただ「大丈夫ですよ」とはあまり言いません。
本当に大丈夫ではない時期もあるからです。
その代わりに、何が起きているのかを一緒に見ます。
子どもの不安定さは、どの場面で強まるのか。
母親はそのとき何を感じ、何を恐れているのか。
父親は家庭のどの位置にいるのか。
学校はどこまで理解し、どこを見落としているのか。
特性の影響はあるのか。
今変えるべき関わりと、まだ触らないほうがいい部分はどこか。
こうしたことを整理していくと、親御さんの中で、漠然とした不安が少しずつ輪郭を持ち始めます。
不登校で母親が疲れた、もう限界だ、と思うとき、多くの場合、その苦しさは「何が起きているのかわからないまま、全部を一人で背負っていること」から来ています。
見えるようになると、苦しさがゼロになるわけではありません。
でも、少なくとも闇雲ではなくなります。
そして闇雲でなくなると、関わりは変えられます。
私は、ただ気持ちを聞くだけの支援よりも、
構造を見立て、家庭の中で使える形に落としていく支援
を大事にしています。
それは少し地味ですが、現実を動かすには、こうした地道さが必要だと考えています。
こんなお母さんは、一度相談してください
もし今、あなたが
子どもの不登校で毎日気が張っている
母親として何が正しいのかわからない
自分を責めるのをやめられない
夫婦の温度差にも疲れている
学校とのやりとりもしんどい
「見守る」ができず苦しい
このままで大丈夫なのか不安でたまらない
そんな状態にあるなら、一人で抱え続けないほうがよいと思います。
不登校は、単に学校へ行く・行かないの問題ではありません。
家庭の中で何が起きているのか、母親が何を一人で背負っているのか、子どもが何に反応しているのかを見ないと、苦しさだけが長引いてしまうことがあります。
「うちの子はどう見たらいいのだろう」
「私のしんどさは気にしすぎなのだろうか」
「ただ慰められるのではなく、何が起きているのかを整理したい」
そう感じる方は、一度ご相談ください。
今すぐ大きく変わらなくても大丈夫です。
まずは、今起きていることを、言葉にして整理するところから始められます。
見え方が変わると、関わり方が変わります。
関わり方が変わると、子どもの反応も少しずつ変わってきます。
不登校からの再接続や復学も、そうした変化の延長線上で見えてくることがあります。
「私の育て方が悪かったのでは」と一人で抱え込んでいるお母さんほど、本当は、責められるより先に、家庭の中で何が起きているのかを丁寧に見てもらう必要があります。
その整理を、一緒にしていくこと。
それが、私の支援の出発点です。
それでは、今回はこれで終わりたいと思います。
さいごまでお読みいただきありがとうございました。また次回のブログもお読みいただけると嬉しいです!
まいどん先生(公認心理師)
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