WISC検査・診断・スモールステップ…数字やラベルに頼らない母子登校支援

母子登校は「スモールステップがいい」と聞くけれど。

この記事はこんな方におすすめ

  • 夏休み明け、不登校や母子登校の相談がぐっと増える時期です。「スモールステップがいいと聞いたから…」と頑張ってきたものの、付き添いが長期化して疲れ果ててしまった、そんな声をよく耳にします。WISC検査や診断ラベル、出席日数など「数字や結果」に振り回されてしまう親御さんも少なくありません。でも本当に大事なのは、「症状」ではなく「物語」に耳を澄ますこと。親子の本音がつながるとき、初めて子どもは自分の力で歩き出せるのです。本記事では、母子登校支援の現場から、スモールステップの功罪と、親子が前へ進むための新しい視点をお届けします。

ブログをお読みいただきありがとうございます!やましたです。

夏休みが明け、新学期スタートにブルー…なんて方も多い時期ではないかと思います。

また、ゴールデンウィーク明け以降、2番目に母子登校・不登校になりやすいのがこの夏休み明けでもあります。

 

今回は、皆さんからよくお寄せいただく質問に、記事を書いていきたいと思います。

 

wisc検査は受けるべき?

よく、「wisc検査って受けたほうがいいですか」という質問をいただきます。

わたしとしては、「受けてみて損はない」ということをお返しすることが多いのですが、

皆さんはよく、「検査結果が悪かったら、お子さんは発達障害ですって診断を付けられるんではないか」と想像されがちなんですが、実際に診断がつくときって、よほど環境に不適応を起こしていて、「著しい困り感」がある場合なんです。

また、お子さんが小さい頃は、「今後の成長次第で変わるかも」ということで、特に診断名をつけることには慎重な先生も多いです。

さらに、市の教育相談であったり、支援センター経由で検査を受ける場合は、心理士さんからフィードバックをもらっておわり…となることがほとんどです。

発達障害など、診断名をつけるのは医師にしかできません。

 

↓の漫画では医師が登場しますが、検査を受け、2週間~4週間くらい結果が出るのを待ち、親のみで(あるいは本人と一緒に)検査結果の説明を受け、それを学校に提出して支援計画を立てる…というのが一般的かなと思います。

 

ですので、wiscに関しては、ほんにんの強み弱みをしるために、前向きに受けてよいもの、と私は考えています。

 

 

wiscを受けるデメリットをあげるとすれば…

母子登校・不登校の相談を受けていると、よくこんな言葉を耳にします。

「学校から診断書を出してくださいと言われた」
「出席日数さえ確保できれば、進級は大丈夫ですよと言われたけど…」

確かに診断や数字は大事な目安です。でも、それだけで親子の苦しみが解決するわけじゃありませんよね。

むしろ「うちの子は○○だから」とラベルで説明されてしまうことで、「親子の物語が置き去り」になることも少なくないです。

 

 

母子登校をはじめてから、子どもが幼くなった気がする。スモールステップって…本当にいいの?

 

ちょっとずつ、子どもができることから…。

スモールステップの方法がいいって、あちこちで書いているから…。

 

…と、母子登校を数か月続けていかれているケースは少なくないです。

 

ただ、学校側に理解があればいいんですけれど、そうじゃないケースも実際はともて多く…。

スモールステップの方法は、お子さんにとってはよい選択である場合もあるんですけれど、

短い期間の付き添いで再びひとりで行けるようになる方法であるとはなかなか言えない…ということがデメリットでして、

 

・学校側からすれば、「親が子を甘やかしている」「ちゃんとしつけられていない」と白い目で見られることがある

・長期間、学校で付き添うことで、子どもたちは付き添いをする自分(母親)を「補助の先生」として求めてきて疲れてしまう

・長期間付き添うことで母親側のメンタルが折れてしまいやすい

…ということがよくみられます。

 

「母としての自分」に自信がもてなくなった

  

 

 

デカルトさんとベーコンさんがもたらした「近代的まなざし」

ちょっとここですこし流れが変わりますが…↓

 

高校の倫理の授業で習った方もいるかもしれません。

  • デカルト …「我思う、ゆえに我あり」/心と体を二つに分けて考えた(心身二元論)
  • ベーコン …「知は力なり」/自然を観察・分類して、人間のために役立てる

この二人が生み出したのは、ざっくり言えば「世界は分解すれば理解でき、操作できる」という考え方でした。

物理や化学の進歩には欠かせなかった発想ですが、この「近代的まなざし」は精神医学にも大きな影響を与えました。

  • 心と体を分ける視点(デカルト的)
    →「脳は機械。壊れたら修理すればいい」
    →「うつはセロトニン不足」「ADHDはドーパミン不足」といった説明へ
  • 観察・分類する視点(ベーコン的)
    →「症状をリスト化して病名をつける」DSMやICDなどの診断マニュアルへ
    →「薬で症状をコントロールする」薬物療法の普及へ

こうして「こころ」までもが「計算可能な客体」とされ、診断・薬・出席日数といった「数値化された結果」が支援の中心になっていきました。

 

これらが不登校や母子登校支援にどう影響しているか

ここからが本題で、「近代的パラダイム」が、不登校や母子登校の支援の現場にも色濃く表れていると私は考えます。

 

1. 「診断ラベル」への依存

「うちの子はASDだから」「HSCだから」という説明は一見納得できるけれど、それがすべてではありません
診断は道具であって、物語の核心ではない。

 

2. 「数字」へのこだわり

出席日数や復学率は、学校や行政にとってわかりやすい指標です。
でも、10日行けたことと、その子の心が回復したことはイコールじゃありませんよね。

 

3. 「薬」での即効性への期待

薬が効くケースもありますが、

  • なぜ学校がつらいのか
  • どんな関係性が子どもを苦しめているのか
    には答えてくれません。

4. 「マニュアル的助言」の蔓延

「朝は必ず起こしましょう」「ゲームは〇時間まで」という一律のノウハウ。
でも家庭によって背景はまったく違う。むしろ逆効果になることもあります。

 

ある家庭のケース

小学2年の男の子。
1学期の終わり頃から母子登校になり、夏休み明けには完全に不登校になりました。

母親は必死に情報を集め、SNSで流れてきた「不登校克服法」を全部試しました。

  • 朝は無理にでも起こす
  • 学校に行けたらご褒美をあげる
  • 行けなかったらゲーム禁止

…でも、結果はますますこじれるばかり。

お母さんは疲弊し、子どもはますます部屋にこもるようになりました。

私が関わったときに一番驚いたのは、「お母さん自身が涙を流せないほど感情が麻痺していた」ことです。
「泣いたら負け」「母親が弱音を吐いたら子どもがつぶれる」と思い込んでおられました。

そこで私はこう伝えました。

 

「〇〇くんが一番欲しいのは、お母さんの本音なのかもしれません」

 

そのお母さんは、ある日(自然とこらえきれなくなり)泣きながら「つらいよね」と言葉をかけたとき、初めて彼は「うん」と頷きました。

復学にはすこし時間がかかりましたが、その家庭に起こった変化は「学校に行けた」以上のものでした。
母と子が本音でつながり、父親とも対話が増え、家族としての絆が取り戻されていったのです。

 

私が大事にしていること

私は「家庭共育支援」という言葉を使っています。
家庭は、親が子に一方的に教える場ではなく、親子が共に育ち合う場だと考えているからです。

そのために大事なのは、

  • 子どもを症状ではなく物語としてみること
  • 数字や診断ではなく、関係の質を見つめること
  • マニュアルではなく、その家庭の声を聴くこと

です。

 

まとめ

不登校や母子登校の支援において、「診断・数字・薬・マニュアル」という近代的パラダイムは確かに役立つ面があります。
でも、それだけに頼ると、子どもも親もますます苦しくなってしまう。

大切なのは、

  • 親子の物語に耳を澄ませること
  • 本当の感情を共有すること
  • 家族が共に育っていくこと

この「物語」と「対話」のまなざしこそが、親子を前に進める力になるのだと、私は信じています。

 

 

 

それでは、今回はこれで終わりたいと思います。

さいごまでお読みいただきありがとうございました。また次回のブログもお読みいただけると嬉しいです!

 

まいどん先生(公認心理師)

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