「不登校が長期化しても家族は壊れない」絆を深めた年間の物語

「あの頃、毎朝泣いていた息子と、泣きながら支えた私」

ブログをお読みいただきありがとうございます。

今回は、MIKURU・MIRUの支援を受けられたケースのご紹介をしたいと思います。

 

玄関で止まった朝

あの日のAくん(小学4年生)は、靴を履いたまま玄関に立ち尽くしていました。
ランドセルは背負っているけれど、足は固まったまま。
外はもう夏の空気で、蝉の声が玄関先まで届いていました。

お母さんは声をかけます。
「行こう、もう時間だよ!」
…けれどAくんは、顔をこわばらせて首を小さく振るだけ。

前日までは、なんとか付き添いで登校できていたのに、この日は様子が違いました。
目は泳ぎ、唇がぎゅっと結ばれています。

 

『このまま行けなくなったらどうしよう…』

『また休ませたら甘やかしになるのかな…』

 

頭の中に、そんな声がぐるぐると響いていました。
お母さんの心臓はバクバク。
「なんとか行かせなきゃ」という焦りと、「もう無理させたくない」という迷いが入り混じっていたとお母さんは話していました。

 

 「行くかどうか」から、いったん離れる

私はお母さんにこうお伝えしました。

 

「今日は、行くか行かないかの判断から、いったん離れましょう」

 

Aくんが立ち止まっているのは、怠けではなく、体と心が固まってしまっているからです。
この状態で「なんで行かないの?」「ほら、行くよ」と言葉を重ねても、Aくんはますます固まってしまいます。

 

「え?こういう時こそ、『行こう』じゃないの?」と思われるかたは多いかと思います。

もちろん、ケースによっては「行こう」と促したほうがいいケースもあります。

ただ、Aくんの場合は、休ませたほうがいいだろうと判断したのでした。

 

そこで、お母さんはそっと自分の靴を脱ぎ、(イラつく気持ちをなんとかおさえ、頑張って)柔らかい声で「お茶を飲もうか」と声を掛けました。

 

その瞬間、Aくんの肩が少しだけ下がったそうです。
ランドセルをおろし、リビングへ。
お母さんはその背中を見て、ようやく自分の呼吸が深くなったのを感じたそうです。

でも、そこでついてくるのは「今日休むとして、明日はどうなるの…?」という不安です。

それもそうですよね。

一度休むことを認めてしまったら、立ち上がれなくなるんじゃないか。

だったら、多少無理させてでも頑張って行かせたら、慣れてしまえば、乗り越えられたら、何とかなるんじゃないか。

そんなことを思うのは当然だと思います。

 

「親がかんたんに休ませて…」みたいに言う人もいますが、いやいや、簡単ちゃうで。と思う私です。

 

 会話は「学校のこと」だけじゃなくていい

それから数日間は、登校の話をほとんどせず、日常の会話を増やしてもらいました。

「晩ごはん、カレーとハンバーグどっちにする?」
「この猫、変な顔してない?」

Aくんは最初、返事も短く、表情も固かったけれど、ゲームの話や好きなYouTuberの話になると少しずつ笑顔が戻ってきました。

そして、ある朝。
Aくんが自分から言いました。

 

「今日は、3時間目から行く」

 

無理に背中を押したわけではありません。
安全だと思える空気の中で、お母さんとの関係がほぐれたからこそ、Aくんは自分の意志で一歩を踏み出せました。

 

ここで書いているやりとりはあくまでも一例にしかすぎません。

このケースでは、登校をめぐって、親子でずっと緊張し、衝突し、会話らしい会話ができず、怒ったり、黙ったり、無視するようなやりとりがとても多かったんです。

 

あのまま「登校させなきゃ」ということばかりに目を向けていたら、「3時間目から行く」という発言はなかったかもしれません。

 

 Bちゃんの長期不登校

Bちゃん(中学2年生)は、長く学校を休んでいました。
きっかけはクラス替えと部活での孤立。
春は時々休む程度だったのが、夏休み明けから完全に行かなくなりました。

お母さんは最初、「何とか学校に戻さなきゃ」と思い、担任と頻繁に連絡を取り、家でも「そろそろ行こうよ」と声をかけ続けました。
でも、Bちゃんは「別に」「うるさい」と返すだけ。
次第にお互いの声が刺々しくなり、家の空気が張りつめていきます。

 

 「戻す」より「支える」

私が最初に提案したのは、Aくんの場合と同じく「復学」という言葉をいったん脇に置くことでした。
目標を「学校に戻すこと」から、「家庭を安心できる場所にすること」へ切り替えます。

お母さんには、こんなふうに声をかけてもらいました。
「おはよう」
「お茶入れるね」
「晩ごはん、一緒に食べよ」

質問や詮索ではなく、生活を共有する言葉です。
最初は反応が薄くても、温度はじわじわと届いていった様子でした。

 

 空気が少しずつ変わる

数週間後、お母さんからこのようなメッセージがきました。

 

「昨日、夕飯の準備をしていたら、Bがふらっと来て『手伝う』って言ってくれました。

野菜を切りながら笑っていて…Bが学校に行けないと先生に相談したてのころは、

こんなふうに笑ってやりとりができなかったです…泣きそうになりました。」

 

それから、Bちゃんはときどきキッチンに立つようになり、犬の散歩や買い物も一緒に行くように。
お父さんとも会話が増え、食卓に笑い声が戻ってきました。

 

 不登校がくれた「絆の時間」

3か月ほど経ったころ、Bちゃんがぽつりと話しました。

「なんか、私って前より仲良くなったよね」

「ママも変わったよね」

「…あした、部活だけでも顔を出してみようかな…」

 

このころから、お母さんからは、まったく「学校に行きなさい」と声をかけていないですが、Bちゃんは少しずつ学校に行き始めました。

学校にはまだ完全には戻っていません。週に1~2日程度お休みしながらではありますが、短時間登校から終日登校へと変わっていっています。
でも、家族が安心できる場所になり、その中で挑戦できる力が少しずつ育っていると感じます。

 

 「我と汝」のまなざし

哲学者マルティン・ブーバーは、人と人が真に向き合う関係を「我と汝」と呼びました。
子どもを「問題を解決すべき対象」としてではなく、一人の存在としてまるごと受け止める。
このまなざしが、回復の芽を育てます。

お母さんが子どもの声や表情を感じ取り、評価や指示ではなく、ただ「そこにいていい」と伝える時間。
それは目には見えませんが、根っこを深く伸ばす時間です。

おわりに

もし今、あなたが
「また休ませてしまった」
「もうどうしていいかわからない」
…と感じているなら、まずは「行く・行かない」の二択から距離をとってみたほうがいいケースもあります。

不登校は終わりではありません。
それは、家族が新しい関係を築くチャンスでもあります。

私は、その時間を一緒に歩むお手伝いをしています。

私の支援は復学を目指すというよりも、親子会話を変えていきながら、その中でお子さんが「学校に行ってみようかな」という言葉が出てくるのをまったり、そっと促すような支援をしています。

 

支援の根っこは、親子会話をよくしていくこと・絆を深めること。

親御さんのこころのケアや、夫婦間のコミュニケーションに対してなど、家庭全体の支援をしています。

 

 

それでは、今回はこれで終わりたいと思います。

さいごまでお読みいただきありがとうございました。また次回のブログもお読みいただけると嬉しいです!

 

まいどん先生(公認心理師)

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